ある意味『惨劇』と言えるかもしれない。
ロディに頼まれてルークを探しに来てみれば、そこにはルーク以外にも数人の騎士たちの姿があった。
中央に涼しい顔で立っているのは、アカネイアの弓騎士、ジョルジュだ。
「なんだ、終わりか?」
行軍中ではあるが、ちょうど新年祭と重なった為ささやかながら慰労の宴なども開かれ、軍内の皆も思い思いに過ごしていた、筈だった。ここにいるメンバーも、いつものように鎧などは着けず、動きやすそうな衣服を身につけてはいる。
「これはまた・・・どうなさったんですか?」
ちょうどゴードンが近くにいたので声をかけてみると、彼は
「うー・・・」
と小さく呻き、顔を押さえてしゃがみこんだ。
「ゴードン殿?」
「あのね、ほら、新年祭だから、羽根つきをね」
「はあ・・・」
の想像する羽根つきというと、それこそユミナ王女やチキぐらいの小さな女の子なんかが楽しそうに「そーれ!」「えーい!」なんてやる遊びなのだが。
でもきっと、この広場で行われたのはそんな生ぬるいものではなかったのだろう。
うずくまるゴードン以外にも、倒れ込んでいるルーク、疲れているのだろう、座ったまま汗を拭きながら動く気のさらさらなさそうなライデンとロベルト、それに、こちらは元気だが何故かマリクから逃げ回っているエルレーン。
悔しそうなアストリアに、このメンバーには珍しい気もするザガロや、それほど疲れた様子でもないチェイニーも、大樹を背にしてだらりと休んでいる。
「では私がやってみるか」
「ホルス殿か。それは楽しそうだな」
ホルスが立ち上がったので、ジョルジュはにやりと笑った。
「お手柔らかに頼む」
「こちらこそ」
二人のやり取りに、やはり顔を押さえたままのゴードンはぽそりと呟いた。
「見てるといいよ。容赦ないから」
その言葉につられて顔を上げると、ちょうどジョルジュが羽根を高く放り投げて羽子板を振り下ろすところだった。
「きゃっ!?」
その羽根の、あまりの速度に思わず小さく声を上げる。
「くっ」
ホルスは何とかその羽根を打ち返す。
もはや「打ち返す」と言うより「撃ち返す」の勢いで。
「さすがホルス殿」
ジョルジュは返ってきた羽根をホルスに向けて撃ちこんで、再びにやりと笑った。
「一撃目すら返せなかった奴もいると言うのに、続きそうだ」
「うるせーよ!お前、オレの時だけ無茶苦茶しやがって!!」
「何の事だかさっぱりだな」
響き渡った怒鳴り声に、そういえばルークを探しに来たんだったわ、と思い出す。
怒鳴る為だけに上げたのだろうその顔には、真っ黒にラクガキがされていて、それでは羽根つきのルールを思い出した。
羽根を落とせばラクガキされるのだ。
「ゴードン殿も、もしかしてラクガキされたのですか?」
目の前でうずくまったままの先輩に尋ねてみれば、彼はさらに小さく呟いた。
「は、笑うから駄目」
「されたのですね・・・」
少し、興味がある。遠目ながら他のメンバーもラクガキ済みのようで、そうなるとあそこで逃げ回っているエルレーンは、これからラクガキされるのだろう。
それが分かってからよく見れば、追いかけ回すマリクが持っているのは、ペンとインクらしかった。
は少しだけ回り込んで、ゴードンの顔を横から覗き込んだ。
ゴードンが慌てて顔を背ける。
そこへ、戦場の矢と見まごう勢いで羽根が飛び込んできた。
「うわあっ!」
「諦めろゴードン」
驚きと勢いで手を離してしまったゴードンの、顔がの視界に入る。
「・・・・・・っ」
「ほら!やっぱり笑った!」
「す、すみません・・・・・・っ」
のみならず、ジョルジュと試合をしていたはずのホルスも、こらえきれずに顔を背けて吹き出した。
彼の口の周りに綺麗にヒゲが描かれている。
「ゴードン殿、あの」
はなんとかフォローしようと、一生懸命口を開いた。
「ヒゲ、伸ばしても、威厳は出ないみたいです・・・!」
「分かってるよ・・・」
くすくすと笑う彼女の前で、ゴードンは再び顔を押さえてうずくまった。
「、お前もやってみるか?」
ジョルジュが笑いながら羽子板を差し出してくる。
ホルスの顔は、既にラクガキ済みになっていた。
「え、私ですか」
どうしよう。ここは皆の仇でも取ってみるべきだろうか。
そう考えてちらりと周囲を見回してみる。
ゴードンは相変わらず顔を上げない。ホルスはラクガキされたことなど気にならないかのように、いつも通りにこにことこちらを見ている。
ライデンとロベルトは二人で話していたのだが、ジョルジュの言葉に二人とも会話を止めてこちらに視線を向けてきた。ロベルトはおもしろがるように「行け行け」とジェスチャーしているが、ライデンの視線は必死で「やめておけ」と語っているように見える。
そういえばエルレーンとマリクはどこかに行ってしまった。
アストリアも無言で首を横に振っているし、ザガロに至っては声こそ出さないものの、「殺されるぞ」と唇が動いている。
こういうことは面白がりそうなチェイニーまでが、心底嫌そうに顔の前で手をパタパタと振ってみせた。
やめておくのが無難そうだ。
そう思った時、ジョルジュが続けて笑いながら、地面に転がったままのルークを指して言葉を続けた。
「ああ、お前は女性だからな。負けてもラクガキは、代わりにそこの同僚にしてやろう」
彼はよほど手ひどくやられたのだろうけれど、その言葉に反応して飛び起きた。
「 な ん で だ よ っ !」
「じゃあ、やってみようかしら」
ルークの精一杯のツッコミと、の軽やかな了承が重なって、ジョルジュはやはり楽しそうに笑うと羽子板をポイっと投げて寄越した。
◇◆◇◆◇
「ルーク・・・なんだその顔は」
「オレのせいじゃねえよ!や、オレのせいだけど、でも違うんだって!」
「何でもいいが・・・本当に困ったやつだ。これからマルス様に呼ばれているが、そのまま行くのか?」
ロディが呆れたため息をついて、に視線をずらす。
けれど半分はのせいでもあるので、彼女はそっと視線を地面に落として知らないフリをした。
「落ちねえんだよコレ!なんでだ!?あいつ、オレにだけ、変なモンでラクガキしやがって!!」
うしろでセシルが指差して大声で笑い転げているが、それどころではない。
ルークは凍るような水の冷たさに耐えながら、必死で顔を洗い続けた。