手 紙





お返事が遅れまして、申し訳ありませんでした。

そちらはお変わりないようで何よりです。



先日までグラに滞在しておりました。

シーマ王女のお言葉添えのおかげもあり、

グラの方々も少しずつマルス様を受け入れてくださりつつあります。

アリティアは騎士団の滞在もあり、

目立った盗賊騒ぎなども無いようです。

しばらくはグラとアリティアを行き来することになりそうですが、

こちらも概ね変わりなく過ごしています。

何事も無いに越したことはありませんので、

これを良い報告だと思っていただけると幸いです。




そういえば、以前アリティアに滞在していた間に

弓を見ていただいた訓練場の広場のそばに、つばめが巣を作りました。

アカネイアの皆様がここを発った時には

まだ風の冷たい頃でしたから、早いものです。

しばらく巣を眺めて、

久しぶりにゆっくりとした時間を過ごせた気がします。




変わったことといえば、これぐらいでしょうか。

それではこのあたりで失礼させていただきます。

お忙しいとは思いますが、ご無理をなさらぬよう

どうぞご自愛ください。



                     

 ◇◆◇◆◇



「・・・硬いな」
面と向かって会話している時から、彼女が気を抜いて喋ることなどは無かったが、それでも、仮にも恋人へ宛てた手紙と思えば、これほど硬い文章も無いのではないだろうか。
硬く短い文面に、しかし彼女が透けて見える。
ジョルジュは笑いながら手紙をめくった。
1枚で文面は終わっていたが、手紙が1枚で終わってしまった時はもう1枚、白紙の便箋を入れておくのが普通だから、特に何を思ってめくったわけでもない。ただ確認のために2枚目に目をやった、それだけだ。
それなのに、2枚目には、まだ何か書いてあって。
文字に目を走らせて、ジョルジュは微妙に表情を崩した。
今この顔だけは、誰にも見せられない。
可愛い弟子にも、無二の親友にも、その恋人で腐れ縁の幼馴染にも。

笑顔を隠すように片手で押さえて、彼は手紙を引き出しにしまいこんだ。
手紙と一緒に入っていた小さな花だけは、そっと机の上に飾る。
思い出せば何も無い場所でも笑ってしまいそうだった。
「随分と楽しみを増やしてくれるじゃないか、あいつは」
目の前で彼女が照れたように目を伏せて、けれど精一杯の笑顔でにっこりと笑ってくれた気がした。



 ◇◆◇◆◇



――これで終わりにしようと思ったのですが、

それではあまりにもあなたの手紙に対して

そっけなさすぎる気がして、数日悩んでしまいました。

お返事が遅れたこと、重ね重ね申し訳ありませんでした。

何日か考えたからといって

気の利いた文章が思い浮かんだわけでは無いのですが、

けれどせめて私の今の気持ちだけはお伝えしたいと思いました。



 ◇◆◇◆◇



、また来月しばらくグラの方へ行くんだけど」
柔らかい主の声に、は顔を上げた。
来月グラへ行く、というのは、少し前から決まっていることで、今さら主から念を押されることでもない。
「はい」
「今回は、とカタリナ以外に、ロディにも一緒に来てもらうから」
「?」
グラと完璧な和解をしたわけではないとはいえ、それほどの危険があるわけではない、とは認識している。
「あの・・・何かご不安が?」
まさかまた、暗殺者に狙われているとか、そういった話なのだろうか。
緊張して問いかけた彼女の隣で、カタリナがクスリと笑った。
「違いますよ、
「??」
「カタリナは分かってるみたいだよ?」
マルスはいたずらっぽくそう言って、ハイ、と一枚の紙を差し出した。
「これ、今度のグラ滞在の予定表。と、その間のの勤務予定」
「は・・・ええと・・・?」
受け取った紙を詳しく見ることなく主を見上げれば、その主は笑いを堪えて、しかし堪え切れずにくすくすと笑いを零しながら、言った。
「ジョルジュ将軍に、送っておいてね」
「・・・・・・え」
慌てて予定を見てみれば、グラ滞在中のには何故か、一週間の長期休みが書きこまれている。
「あっ、あのっ、しかしこれでは・・・!」
「いいんだよ、みんな帰省で休みを取ったけど、は取らなかったから。勝手に決めて悪いけど、そこで休みを取ってね?」
悪いなんて思っていない顔で、主はにこりとほほえんだ。
助けを求めてぱっと後ろを振り返ったが、そこにあったのは助けてくれるはずもないカタリナの澄ました笑顔だけ。
「はい、わかりました・・・」
諦めて頷きながら、受け取った予定表を折り畳む。
2通目の手紙は、予定より早く送ることになりそうだ。
けれど、こんなに早く会えることになるなんて。ああでも、ジョルジュが休みを取れるかどうかは分からない。会えないかもしれないけれど。
会いたいけれど。
ぐるぐると思考に沈んでいくの肩を、カタリナがとんとんと叩いた。
「え?」
、これをどうぞ」
差し出されたのは、小さな花柄のついた可愛らしい封筒。
「真っ白よりは可愛いでしょう?」
「な、なんで」
何で知ってるの!?
そう言いたかったけれど、言い終える前に彼女は唇に指を一本立てて微笑むと、くるりと背を向けて再び執務に戻ってしまったので。
もすたすたと自分の机に戻ると、作業の続きを始めた。
会いたい気持ちや不安な気持ちや、たくさんの疑問も、それから可愛らしい封筒も、全部抱きしめたまま。



 ◇◆◇◆◇



今は、あなたに会いたい。

お会いして、私の声で、たくさん伝えたいことがあります。

次にお会いした時には

もう少しだけ

あなたに触れさせてください。



またあなたからの手紙が届くのを

こころから楽しみにしています。