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「寒いんじゃねえの?」
騎士になるためにアリティアへ来て、第七小隊に配属されて。
それ以来ずっと、この同僚とは共に居る。
確かに少し寒いけれど、それを見破られるような仕草をしたつもりは無い。
は苦笑して、ルークの隣に並んだ。
「寒いなんて言っていられないわ」
「別にいいだろ、それぐらい。お前は我慢しすぎ」
彼がばさりと投げてきた厚手の外套を何とか受け止めて、はそれを抱えたまま彼を見上げた。
「何だよ?」
ずっと共に居て、ずっと助けてもらっている。
そのことには大きな感謝を抱いていて。
けれど今、ようやく正面から愛というものと向き合おうと決めたにとって、彼の優しさは考えるべき対象だった。
「ねえルーク」
「ん?」
「いつも、助けてくれてありがとう」
礼を述べれば、しかし彼は顔を顰めた。
「やっぱお前、なんかあったわけ?」
何かあった、というわけでは無いのかもしれない。敢えて言葉にするなら「心境の変化」があっただけだ。
なんと答えようか悩んだ数秒の間に、彼はすぐにまた口を開いた。
「・・・あー、やっぱいい、悪い」
「え?」
「あー・・・」
ルークは時折に視線を向けるものの、珍しく歯切れが悪い。
受け取った外套をゆっくりと羽織りながら歩くの隣で、ルークは足を止めた。
「・・・ルーク?」
冷たい風が吹き抜ける。ルークがいなければ寒かっただろうな、と思う。
例えばこれがジョルジュだったら。
彼はきっと、が寒がっていることを見抜きながら、それを表に出さないように耐えていることも見抜くだろう。
だから知らない振りをする。そういう人だ。
――まただ。あれから、気付けばジョルジュのことを考えてしまう。
は意識を引き戻した。
冷たい風が吹き抜けて。
「お前さ、あいつとどうにかなったわけ?」
「あいつ?」
「・・・アカネイアの将軍サマだよ」
「・・・ジョルジュ殿のこと?」
ルークの心底嫌そうな口調を不思議に思いながらも、思い当たる人物の名をあげれば彼はこくりと頷いた。
「好きなんだろ?」
「・・・え?私が?」
「この状況で、他に誰がいるんだよっ」
それはもちろん分かっているが。自身、ジョルジュを好きなのかどうか未だによく分かっていないというのに、ルークが断言するので確認してみただけだ。
「好きなのかって言われても・・・わからないわ」
正直に答えると、ルークは「はあ?」と呆れた顔をしてみせた。
「そっか。あー、じゃあ今のうちに言っとくか」
呆れながらもどこか安堵した様子で、いつもと同じ調子で。
「オレはお前が好きなんだよな」
軽くそう告げられて、は動きを止めた。
「・・・えっ・・・、その、あの、好きって、ええと、いつもの、じゃなくて」
「落ち着けって。・・・今までだって、一応本気だったんだけどな」
慌てる彼女を宥めながらも、ぼそっと呟く。
「あ、そうよね、あの、・・・ごめんなさい、冗談だと思っていたの・・・」
「そりゃそのつもりで言ってたからな。お前は悪くねえよ」
笑って、ルークは一緒に立ち止まっていたを促して再び歩き出した。
「あいつのこと好きならしょうがねえと思うけどさ。まあ最近お前ちょっと変わったよな」
「変わった?私が?」
「おう。そうだな・・・」
にやっと笑って彼は頭の後ろで両手を組んだ。
「柔らかくなった、って言うと、女らしいか?」
愛は、人を変えると聞く。
名君だったと言われるハーディンを変えたのが愛ならば、を柔らかく変えた、というのも愛なのだろうか。
ルークの言葉を受けてそこまで考えて、は首を傾げた。
を変えたのが「愛」ならば、その愛を向ける相手は。
「でも、それがあいつのせいだと思うと、悔しいよなー」
軽い調子で続けられるルークのひとり言に、思考が導かれる。
「ルーク?あの」
彼の言葉に全てが引っ張られそうで、はそれを遮ろうとした。けれど、ルークは口を閉じてはくれなかった。
「まー待てって。今、気持ちの整理してんだよ」
「あの、私まだ何の返事も」
「あーのーなー!」
さらに彼の言葉を遮れば、怒ったように振り向いたルークが、の頭にがしっと大きな手を乗せた。
押さえこまれているようで、けれど撫でられているようでもあった。
「お前そういうのニガテっぽいから、オレが言うけどな!お前は、あいつが、好きなんだよ!」
「なんで、そんなこと」
言い切られて、否定する気は起きなかったけれど、自分以外の人間に自分の気持ちを言い切られると信じて良いものかどうか不安になる。
そんなの頭をがしがしと乱暴に撫でてから、ルークは手を離した。
「もう、ルーク、髪・・・」
「オレがどんだけお前のこと見てたと思ってんだ!バレバレなんだよ!あーもー、恥ずかしいこと言わせんな!!」
乱された髪を直そうと頭に手を当てたまま、は再び動きを止めた。
「え・・・っと、あの、・・・ごめんなさいルーク」
「・・・それは、オレの告白に対してのごめんなさい、でいいんだな?」
そういうつもりでは無かったけれど、結果的にはどっちにしろ返事はそうなる。
自分でそれは分かってしまった。
それでもはすぐに頷くことは出来なかった。
騎士になるためにアリティアへ来て、第七小隊に配属されて。
それ以来ずっと、この同僚とは共に居る。
ルークは少しだけ顔が赤くて、それ以外は全く普段通りに見えたけれど。
彼はいつも色々なもので「自分」を隠している。
そんな彼の奥にもやはり、燃えるような熱があるのだろうか。
のこころがジョルジュに向いていると知りながら、いつも彼女を見ていて、いつも助けてくれていた。それは、カミュを愛するニーナ皇妃に心を寄せたハーディンと同じ立場ではないのだろうか。
「ルークは、愛することが、怖くは無いの?満たされなかった時に、ハーディン皇帝のようになるかもしれないって、私」
頷く代わりに尋ねれば、彼はいつもの通りに明るく笑ってみせた。
「そんなの人それぞれだろ。ハーディン皇帝がそうだったからって、お前もオレも、同じにはならねえよ。なりたくてもなれねえな」
「・・・そう、なのね」
マルスには聞かなかったことだけれど、不思議とルークにはすんなりと聞くことが出来た。そして返ってきた答えは、を確かに安心させてくれる答えだ。
「悩むぐらいなら聞けよ、誰にでも。オレでもあいつでも。あーやだやだ!あいつのことなんて、考えるだけで気分わりー」
やはり心底嫌そうに、吐き捨てるようにルークがそう言うので、はちょこんと首を傾げた。
「どうしてそんなにジョルジュ殿を嫌うの?騎士として立派な方よ?」
「あのなあ・・・」

だから嫌なんだ。欠点らしい欠点も見つからない、あんな男。
顔が良くて家柄が良くて頭が良くて、ついでに弓の腕は大陸一?
フザけんな!悪いのは性格だけってか!
大体、嫌う理由なんて、お前があいつを好きだからに決まってんだろ!

言いたいすべての言葉を飲みこんで、ルークははあっと大きくため息をついた。
「これぐらいで勘弁してくれ。これでもお前にフラれて傷心真っ最中なんだから」
「え、あ、ご、ごめんなさいっ」
深々と頭を下げたを、やはり愛しいと思う。
思うけれど、彼女を見つめすぎたせいで、彼女の視線の先までしっかり見えてしまったのだ。これ以上は続けられない。
ルークは、そっと顔を上げたを見て、ぷっと吹き出した。
「お前、髪、すごいことなってんぞ」
「だ、だって、ルークのせいでしょ」
「ひでーなそれ!あいつに直してもらって来いよ。得意そうじゃんか」
ここまで気を遣ってやるなんて、オレお人好しすぎるんじゃねーの?
内心そんなことを思う彼の言葉に、しかしは慌ててふるふると首を振った。
「駄目よ。そんなの・・・見せられるわけないじゃない・・・。もう、先に行くわね!」
「へ?おう、さっさと行って直して来いよ。もうすぐ集合時間だぞ」
「本当?大変!」
髪を押さえたまま、は走り出した。
見せられるわけない、と言った時の、瞬時に紅潮した、僅かに照れたような恥ずかしそうな表情に、ルークはまたも深いため息をつく。
「なんで、あんなになってんのに自分で気付かねーんだ、あいつ・・・」
「ルーク!」
ぼそっと零した言葉にかぶさるように呼びかけられて、まさかこの距離で聞こえたか?と焦る彼に、は遠くから大きく手を振った。
「ありがとう!」
「・・・おう」
ひらひらと手を振り返せば、彼女はもう振り返らずに走り去っていく。
笑顔は太陽のように明るくて。
もうずっと前から分かっていたことだったけれど、フラれたんだなーと実感して、それから、笑顔が今までと変わらなかったことに安堵した。
すぐ先には、意外とお節介な相棒が待っていて。
きっと彼は「今夜ぐらいは話を聞いてやってもいいが」とでも言うのだろう。
もっと落ち込むかとも思ったが、まだまだ大丈夫そうだ。

『愛することが、怖くは無いの?』
あとは自分に出来ることといったら、彼女の疑問に答えることぐらいだろう。
満たされなかったとしても、怖いことなど全く無い、と。
それは、これから自分が彼女に見せることが出来るはずだから。