魔 王
「お、ライアン。いいところに」
「?」
正直言って、この同僚に捕まってロクなことは無い。
今度は何を言われるのかとビクビクしつつ、ライアンはルークを仰ぎ見た。
背は高いし、戦えば強いし、顔だって悪くない。
いつも自信に溢れている(ように見える)ところだって、見方によっては格好良いところなんだろう。
けれど何故だかいまいち女の子たちにモテはしない彼は今、やはり同僚の弓騎士を気に掛けている。
・・・というのは、あくまでライアンが見た感じ、なのだが。
「見なかったか?」
正に今、脳裏に思い浮かべた弓騎士の名前に、ライアンは苦笑した。
「さんなら今日はお休みで、町に出てらっしゃいますよ。アリティアに来てから城下町をゆっくり見る暇もなかったそうで」
「町?あいつが?一人でか?」
「ええと・・・」
彼は方向音痴な弓騎士を心配しているらしい。
これは伝えて良いものだろうか。邪魔されたりはしないだろうか。いや、でも牽制になるかもしれない。
にっこりと邪気の無い笑顔を見せて答える。
「ぼくの兄さんと一緒ですから大丈夫です」
「・・・ゴードンさんと」
ルークの表情はそれほど変わらなかったけれど、ただぴくっと眉が顰められたのを、ライアンは見逃さなかった。
「・・・で、オレはこんなとこで何やってんだ」
ゴードンと一緒だから大丈夫だとそう聞いたのに、何故町に出て来てしまったのか。
理由は分かっている。気になったのだ。
決して自分と彼女の仲が良くないとは思わない。同じ第七小隊出身で、普段から共にいることだって多い。
けれど、いや、だから。
彼女の近くに居て、わかることがある。がゴードンへ向ける瞳は、特別だ。
そんな彼女の視線に対してゴードンはというと、それほど特別に何か感情を抱いているようには見えなかった。
彼は誰にでも優しいし、たとえば師匠であるジョルジュにも、同僚のノルンにも、恐らくはルークにだって同じように接するだろう。
だからルークは少しだけ、自分にもチャンスがあるんじゃないかとそう思っていた。
今だって、必要以上に近付くわけでもない、楽しそうに笑い合ってはいるけれど、友人だと言われれば頷けるぐらいの距離感だ。
と、その時。
「・・・やべっ」
こそこそと二人を尾行していたルークの方へ、ゴードンが走ってきた。
は何やら雑貨屋に入っていく。
「あ、ルーク?」
見つかった。
かけられた優しげな声に、ルークは隠れるのを諦めて軽く頭を下げた。
「どうも。・・・どうかしたんすか?」
「うん。さっきそこのお店で食事をした時に忘れ物しちゃって」
ゴードンはすぐ近くの飲食店を指差して、それからルークと向き合って僅かに首を傾げた。
「ルークはどうしたの?さっきからずっと、ついてきてるよね」
「・・・っ!?」
その言葉に驚いて、思わず一歩後ずさる。
「弓兵は目が良い人が多いから、気を付けた方がいいよ」
にこりと笑う、その笑顔はきっと優しいのだろうけれど、最早そう思えるだけの余裕がルークには無かった。
「いや、え。あー、その・・・」
言葉に詰まって再び一歩下がると、ゴードンはそれを追うように続けた。
「にはバレないようにしておいてあげるから、今日はここまでにしたら?」
それは、ルークにとっては魔王の脅迫。
これ以上はついてくるなと、そう言われているとしか思えない。
ガーネフがどうした。きっと今目の前にいるこの人の方がよっぽど恐ろしい。
・・・というのは多分、尾行なんてしていた罪の意識からくる、自分の気のせいだ。
彼はただいつも通り優しくて。このまま続ければすぐににも見つかってしまうよ、と気を遣ってくれているだけだ・・・と思う。
「ゴードンさんは、あいつを・・・!」
せめて、これだけは聞いてから。
精一杯の努力で絞り出した言葉に、ゴードンは少しだけ驚いたようだったけれど、やはりすぐにふわりと笑顔を見せた。
「うん、大好きだよ?」
「っ・・・わかりましたっ!」
勝ち目が無い。
の瞳は、確かにこの優しげな先輩騎士に向けられているのだ。
両想いだとわかってまで割り込むなんて、恰好がつかない。こんな自分だけれど、彼女の幸せだけは本気で望んでいるのだから。
一度敬礼して、ルークは走り去った。
兄さんと一緒ですから大丈夫です、と。
そう言った時のライアンの笑顔が、今更ながら裏があったように感じられた。