b l u e g r e e n
うとうととした視線が時計にぼんやりと合わさって、は慌てて飛び起きた。
「わっ・・・、え、わ、ちょっと・・・!」
昨日もキリのいいところまで、と思いながら仕事を続けているうちに日付が変わって数時間経ってしまい、気付いて急いで眠ったのだけれど、やはり起きられなかったらしい。
とにかく着替えなくては。
この時間では、食堂に朝食はもう残っていないだろう。
朝やろうと思っていた武具の準備はどうしようか。とりあえず適当なものを持って行くしかない。
遅刻だけは避けなくては。
ベッドから降りて、足元に散らばる本を適当にどかしながら手早く着替える。
どかした本のせいでバランスが崩れた何かがガラガラガシャンと音を立てて崩れ落ちたが、気にしている暇はない。
崩れたものたちも適当にどかしているところへ、のんびりしたノックの音が響く。
「おーい、起きたな?入るぞ」
既に聞き慣れた同僚の声。いつも朝の訓練には同行してくれる彼は、今日はそういえばどうしたのだろう、一人で訓練したのだろうか。
着替え終わった自分の姿を一度確認して、は扉へ声をかけた。
「ルーク?どうぞ」
かちゃりと開いたそこに立つのは、思い描いた通りの姿。ただし何やら荷物が多い。
「おう、おはよ・・・って、相変わらずだなお前の部屋」
彼は部屋の中のどこを見れば失礼にならないかと一瞬考えるように視線を彷徨わせたが、どこを見たって褒められたものではないのは自身が一番よく分かっている。
ルークも諦めたように目の前で本の山に埋もれたに視線を合わせて、手に持ったトレイを差し出した。
「夜、無理して起きてたんだろ。ほら、朝メシ」
「あ・・・ありがとう」
の分を確保してくれていたらしい。差し出されたトレイを受け取ったはいいが、生憎机の上は本の山が占領している。しょうがないのでその場に座り込んで、早速食事を済ませることにした。
「あと、お前の剣と弓、一応点検はしたからコレ持ってけよ」
「え・・・ええと、ありがとう・・・」
どうしてここまで気を回してくれるのかと、思わずまじまじと見つめれば、ルークは「早く食えよ、遅れるぞ?」と食べかけの朝食を指差した。
「・・・遅くまで灯りつけっぱなしで、どうせ仕事してんだろ?ちゃんと休めよ」
遅くまで灯りがついてることを知っている彼はどうなのだろう。眠っているのだろうか。
表情はいつもと変わらない。
「あーのーなー。のんびりしてる暇ねえって」
「あっ、ごめんなさい」
慌ててパンをちぎって口に詰め込むの隣で、ルークは「お前が朝来なかったから訓練相手もいなかったし」などと、彼女の武器を手入れした理由を喋り始めた。
◆◇◆◇◆
うとうととした視線が時計にぼんやりと合わさって、は慌てて飛び起きた。
「わっ・・・、え、あ、大変・・・!」
またか、とは昨夜の無理を今更後悔する。
仕事に没頭すると時間を忘れてしまうようだ。注意しなくては。
急いで着替えを終えて、彼女はふと扉へ視線を向けた。
あの時聞こえたノックの音は、今は聞こえない。
微かに期待をしたところで、決して聞こえることは無い。
彼はもう、ここには居ないのだから。
「・・・朝食抜きね、今日は」
呟いては扉を開けた。
開いた扉の脇に、壁に背を預けて同僚が立っている。
「ああ、おはよう」
「ロディ・・・どうしたの?」
いつも通りの落ち着いた表情で、彼は言った。
「君が朝食に来なかった日には様子を見に行ってくれと、あいつに頼まれた」
「あいつって・・・」
あの時のノックを思い出す。の様子にロディは目を伏せて、少し笑って壁から離れた。
「わかっているんだろう?」
「・・・ええ」
真面目でしっかり者の、頼れる女性。
英雄王の近衛騎士の評判の裏で、彼女を支えてくれていた第七小隊の仲間たちの中でも、彼は特別を気にかけてくれていたのだから。
「ロディ」
決意を込めた視線を向けたに、ロディは一枚の紙片を差し出した。
「・・・そろそろだと思っていたから、用意はしてある。これだろう」
何を言ってもいないのに差し出された紙片をそっと受け取って開けば、そこには確かに今ロディに尋ねようとしていた内容が書かれていた。
ルークの家を教えて欲しい。その答えが。
「そろそろって、どうして・・・」
「別にルークだけが君を見てきたわけではないからな」
穏やかな表情で告げられたその言葉に、さらに続きが紡がれる。
「出来る限り分かりやすく書いたつもりだが。地図で難しければ案内してやりたいが・・・私はしばらく休みが取れそうにないんだ」
の絶望的な方向音痴を知る一人である彼の心配はもっともだが、それでもは地図を握りしめて頷いた。
「ええ、大丈夫。なんとかしてみせるわ」
その答えに満足したようにロディも頷いた。
「そうだな。、君の本音をぶつけてくるといい」
「分かったわ。また第七小隊で騒ぎましょうね」
いたずらっぽく笑う彼女に、ロディから弓が手渡される。手入れは丁寧に済ませてあった。
「ジェイガン様には見つからないように、気をつけないといけないな」
最後にそう告げて手を振るロディと別れ、どうやって「彼」を連れ戻そうかと考えながら、は地図を握りしめたままマルスの元へと走っていった。