S . C . 3





「ちょ、待て、違うって!お前、シーダ様の話ちゃんと聞いてたか!?」
「え?言われた通りにしてるわよ?」
「だったら何でそこで、小麦粉が出てくるんだよ!お前はアレか!ドジっ子か!?」
「何よそれ。失礼ね」

ケーキが焼きたいの、とが言い出したのは一昨日で。
シーダが二人にケーキの作り方を手ほどきしてくれたのは、昨日。
今日はとうとう実践の日だ。
確かに以前、一緒にケーキを焼く約束はしたが、その日が本当に訪れるとは。
ルークは軽い気持ちでしてしまった約束を、ずいぶん後悔していた。
彼女がメインで作って、自分は手伝い。そのつもりだったが、彼女の動作のひとつひとつが、およそ料理には似つかわしくない。
何だろう。がエプロンをしているその姿だけでもう、恐怖すら覚えるほどに。
いっそ一人で焼かせてくれれば、美味しいケーキとは言わないが、「普通のケーキ」ぐらいは焼ける自信があるのに。
けれどシーダは昨日最後に、ルークの目を見つめて真剣に話してくれた。
「わたし思うの。失敗を繰り返して、人は成長していくんだって。・・・だからルーク、の頑張りを無駄にしないでね?」
良い話だ。・・・自分が関わっていなければ。

「お前なあ、小麦粉なら最初に入れただろ」
「最初に入れたのは砂糖よ」
「はあっ!?なんで勝手に手順変えてんだよ!」
「え、だって混ぜるんでしょう?」
「せめて言われた通りに作れ!変なアレンジ加えんな!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない・・・」
はボウルを置いて、しゅんと俯いた。
「っ・・・!」
いつでも毅然と前を見る「英雄王の近衛騎士」が、こんな顔を見せるのは、卑怯だ。と、思う。
今のはが悪い。自分は何も悪いことは言っていない筈だ。
それなのに何故、これほどまでに罪悪感に襲われなければならないのか。
「あー・・・、別に怒ってねーよ」
「本当に?」
彼女は疑いの眼差しでそっとこちらを見上げてきた。
少しぐらい怒っていたかもしれないが、こんな彼女を前に怒り続けられるわけがない。
「なんで疑うんだよ。怒ってねえって。早く作らないと間に合わねえな。さっき砂糖は入れたんだな?ホントだな?」
「ええ・・・」
「んじゃ小麦粉入れてっと・・・ほら、混ぜてくれ」
出来る限り語勢が強くならないように気をつけて、ルークは再びにボウルを手渡した。
受け取った中身を、が力強くかき混ぜる。
――力加減をしろよ、お前がこええよ。
そう言いたかったけれど、また俯かれてはたまらない。ぐっと我慢して、ルークは彼女から数歩離れた。近くにいると、かき混ぜる風圧で身が切り裂かれそうだった。
「なんか、固そうな生地だな・・・」
明らかに混ぜすぎなんだろうなと思いながら、けれどそれも口に出さずにボウルを受け取る。
「そ、そうかしら・・・そんな気もするわね」
はそっとそのふちについた生地を指に取ってひと舐めしてみた。見た目は固そうだけれど、味は良いかもしれない。
ぺろりと舐めたその生地をじっと見つめて。
ルークの方へ視線を合わせて、それからその指をすっと差し出す。
「ルーク・・・食べてみてくれないかしら」
「・・・っ、食えるわけねーだろ!」
差し出された指先から慌てて離れて、彼は自分でボウルのふちから生地を掬い取った。
まったく、恋愛ごとに疎いせいか、妙なところで大胆すぎる。まさか彼女の指から食べるなんてことは、出来るわけがない。
自分で掬った生地を口に入れて、彼もを見つめた。
、お前・・・」
「・・・最初に入れたの、塩だったのかしら?」
冷静に呟く

「『だったのかしら?』じゃねえよ!!!!!」

ルークの遠慮の無い叫び声が、再びに向けて飛んで行った。



■ オマケ
「もう時間が無いし、これ焼く?」
「冗談だろ・・・誰が食うんだ」
「カタリナにあげるって、最初に言ったじゃない」
「カタリナだって、これ貰っても嬉しくねえよ・・・」
「あら、そんなことないわ。カタリナはなんでも喜んでくれるもの」
ほわりと優しく笑うは、可愛らしいと思う。
そして確かにカタリナは、の差し出したものならば塩入りケーキでも喜ぶに違いないというのは、想像に難くない。
けれど。それでも。
「・・・冗談じゃねーよ!オレが一緒に作ってコレだと思われんのは心外すぎるっつーの!」
ルークのプライドがそれだけは許さない。
本当は、を追いだして一人で焼いてしまいたいけれど、それすら出来なくて。ルークは一日中、厨房で頭を抱えながら失敗作のケーキに囲まれていくのだった。