旋 律





ゴードンが行っていた訓練を、も教わって始めてみた。
木から葉を落とし、同時に射抜く。
の場合は力が強すぎて、木を揺らすどころでは済まないこともあり、それはそれで力の微調整など、技量の向上に役に立つ。
なかなかに、難しい。

「お前もその訓練か。アリティアの流行りか?」
冗談混じりの台詞もいつもの通り。
ジョルジュはゆったりと歩み寄ってきた。
「ゴードン殿から教わりました。とても良い訓練ですね」
「ああ、あいつは大した奴だよ」
それで?とジョルジュは腕を組んで近くの木にもたれかかった。
「どれぐらいだ?」
「ええと、7枚・・・ですね」
何度も練習してこれですから、まだまだ技量不足です。
そう言っても一度弓を置き、ジョルジュのそばで腰を下ろした。
篭手の下の包帯を、巻き直さなければ。この訓練は、かなり腕に負担もかかる。
「ふむ。少し弓を借りるぞ」
「あ、どうぞ」
ジョルジュが初めてで12枚を射抜いたことは、ゴードンから聞いている。
戦中の彼を見ることは多々あるが、こうして何も無いところで撃つ彼を見る機会は今までに無かった。
手を止め、見上げる。
が見ているのをチラリと横目で確認して、ジョルジュは弓を構えた。
こういうところは、数多の浮名を流しているだけあって、心得ているらしい。男慣れしていないは、その視線を受けて少し、心臓が跳ねた。



美しい構えだ。

ゴードンの構えも美しいと思ったが、それは正しい姿勢、教本のような正確な動きによって作り出される美しさ。
師でありながら、ジョルジュの構えはゴードンとはまるで違った。
訓練でありながら、いつでも戦闘中のような、敵に狙われているかのような緊張感。的を射抜くことを第一としていない、生き残ることを第一と考えて動く流麗な構え。
それでいて、見据える的はブレない。視線に、纏う空気に、一分の隙も無い。
彼が弓を引いて、は思わず短く息を呑んだ。

力強く、正確でありながら、歌うように、美しい旋律のように空気を裂いて矢が飛ぶのを、息を止めて見つめる。
2本の矢が続けざまに放たれて、弓が流れるように下ろされる。
何枚の葉を射抜いたか、見る余裕もなかった。
は、ただその強さと美しさに圧倒されていた。



「見直したか?」
声をかけられるまで、動くことも出来なかった。
悔しい。正直に、そう思う。
この人に、私はまだまだ敵わない。マルス様をお守りするため、誰よりも強くなりたいのに。

――大陸一、などと。本当の実力は、それほどのものではない。
彼はそう言ったけれど。

「ジョルジュ殿」
「・・・ん?」
「やはり、あなたは大陸一の弓使いです。この戦いの間に、もっとあなたの技を学びたい。そしていつか、あなたを追い抜きたい。私はそう思います」
戦中は気にする余裕もなかった。これほどの人物だとは。
今までの戦いをほとんど見ることが出来ていないのが、とても惜しい。
「・・・お前ならオレを追い抜くなど、すぐにやってみせるだろう」
そう言ってジョルジュは、のそばに弓を丁寧に置いた。
「こんな障害物も無いところで撃つのは、弓兵としては面白みに欠けるな。今度、オレの訓練を見せてやろう。ゴードンにも教えていない奴だ」
「本当ですか?是非お願いします!」
きらきらと、瞳を輝かせて喜ぶ

本当に、強くなることが第一で。男には慣れていなくて、マルス王子一筋で。
誰に対しても誠実で、いつでも一生懸命で、そして人をよく見ていて。
容姿はまだ幼さも残る少女であるのに、その内面から滲み出る強さと美しさ。
それがジョルジュを強く惹きつける。
「・・・二人きりになって、色々企んでいるかもしれんがな」
あまりに警戒心のない彼女に、つい軽口を叩く。
会話の端々に心にも無いことを挟んでしまうのは最早、長年演じてきた「軽薄な自分」のクセだ。こればかりはしょうがない。
ぱあっ、と真っ赤になるに、軽く笑いかけて。
「冗談だ。じゃあな。オレはそろそろ戻る」

ジョルジュの後ろ姿に、は今までに無い強い憧れを抱いていた。
あの人が、私が目指すべき人だ。
それは、マルス王子とは別の次元で、彼女の中の大きな場所を占めていた。