A d a g i s s i m o





「あなたは、人気があるのね」
挨拶もそこそこにの口にした言葉に、エルレーンは盛大に眉を顰めた。
「なんだ急に」
「さっきここへ来る途中、若い魔道士やシスターたちがあなたの噂をしていたわ。かっこいいんですって」
「くだらんな」
予想通り、切って捨てるような返事。
もそれほど気にしたことはないのだが、顔は良いのだと思う。
表情はいつでも厳しいが、彼女らは「厳格な彼が、私だけに笑ってくれたら」なんていう想像をして喜んでいるらしい。
確かに、時折見せてくれる笑顔は思いの外やわらかい。
それを見ることが出来るのは、今のところ自分だけ、なのだろうか。
「エルレーンは、ウェンデル様とはどんな話をするの?」
「おもに魔道の話だ」
身も蓋もない返事に、は苦笑した。
おもに、ということは、たまには違う話もするのだろうか。
「・・・最近はウェンデル様も非常にお忙しい。残念だが、話をする時間自体があまり取れんな」
言葉が足りなかったと思ったのか、彼はひとこと付け加えてくれた。
続けて再び眉間に皺を寄せて、呟いた。
「しかしそんなくだらん噂話に興じる暇があるのなら、もう3倍ほど課題を出すか」
彼女らも、魔道の生徒なのだろう。余計なことを言ったと後悔したが、もう遅い。
それについては諦めて、は足早に歩くエルレーンの隣に駆け寄った。
「最近よく話をする相手はいるの?マリク殿もいないし、ウェンデル様もお忙しいんじゃ淋しいわね」
「何だそれは」
バタン、と少々乱暴に開けた扉が、彼の自室らしい。何度か来たことがあるのだが、は相変わらず場所を覚えられないままだ。
一応を先に通してから、エルレーンはすぐに扉を閉めた。
「別に、俺もそれほど暇があるわけではない」
彼が抱えていた本の束は、無造作に机の上に積み上げられた。部屋自体は綺麗にされているのだが、机の上がこれでは、本を広げることも出来そうにない。
「あ、そうよね。ごめんなさい」
カダイン復興の為に働く、数少ない高司祭。こうしてと会う時間を捻出するのも大変なことだろう。
素直に謝罪して、はソファに腰かけ手招きした。
訝しげにしながらも、エルレーンは素直に隣に座る。
「何だ?」
「え、ええと・・・疲れてるように見えたから。良かったらその、少し休んだらどうかしら」
「休む、か」
休息など愚者のすること。彼に以前言われた言葉を思い出しながら、は恐る恐る提案した。それでも、休むことだって必要なのだ。
「しかし次の予定を」
断ろうとしたエルレーンの頭を、とりあえず隣に座ってくれたことに感謝しながら引き寄せる。力強さには自信がある。やはり彼は抗うことが出来ずに、ぎゅっとの胸に抱きしめられた。
「・・・苦しいんだが」
ものすごく不機嫌な顔をしているに違いないと思うと、その表情を覗きこむ気にもなれない。
は彼の頭を押さえつけた左手に力をこめたまま、右手でぎこちなくその髪を撫でた。
体勢が本当に苦しそうだ。けれどエルレーンからはそれ以上の文句は聞こえてこない。
やがて諦めたように大きなため息が聞こえて、はびくりと手を離した。
「休憩どころか基礎体力訓練になりそうだ」
「ごっ、ごめんなさい・・・!」
「何故わざわざお前がいる時に休まねばならん」
声の響きが意外にも柔らかくて、叱られるかと俯けた頭をそっと上げれば、彼は僅かに笑っていた。
「そうするぐらいなら、あとで講義の一つでも自習にする」
「え、それはちょっと」
慌てるにエルレーンはフンと鼻で笑って立ち上がった。
「休息以外なら、お前の頼みを一つ聞いてやらんでもない」
「あ、じゃあさっきの子たちに課題3倍、っていうのは、取り消してあげてくれる?」
頼めば彼は呆れたようにを見下ろした。
「相変わらず、欲の無い女だ」
「そうかしら」
生徒たちから大人気の高司祭を今、一人占めしているだけで、十分に欲深いと思うけれど。
はそれは口に出さずに、このあとの二人の時間を出来るだけ穏やかに過ごせるようにと、優しく笑ってみせた。