し あ わ せ な も の が た り の よ う に





しあわせな ものがたりのように

どこまでも つづきましょう

あなたへと とどきましょう


それが わたしの ねがい





はそっと窓の外を見た。
今日も良い天気だ。外に出て思い切り体を動かしたくなる。が、そうもいかない。
机上に開かれたままの手紙と、その横に無造作に畳んで重ねた2通の手紙。
差出人は全て同じ人物だ。
整った読みやすい字で、騎士団の様子だとか近況だとか、何か他愛もない話や、それから、本気なのかどうなのかいまいち判断に困る、愛の言葉。
意外にも、彼からの手紙は定期的に届けられている。
おかげで相変わらず散らかっていくばかりの部屋の片づけを、ロディあたりに頼むことすら出来なくなった。間違って見られでもしては言い訳のしようもない。

返事を書こうと思う。机に向かって便箋を広げ、ペンを握って考える。
――今の、ありのままの事を書いて欲しい、と思います。良い文章を考えているけど中々思いつかない事。それで、十分です――
は以前の自分の言葉を思い出して、頭を抱えた。
あの時フロストは彼女の言葉に優しく同意してくれたけれど。
「手紙を書くって、こんなに大変なことだったのね・・・」
良い文章を考えているけど、中々思いつきません、だなんて。
「・・・そんな内容で出せないわ」
しばらく会ってはいないけれど、きっと家族と幸せに暮らしているであろうマケドニアの老司祭を思い出して、はこころの中で勝手に謝罪した。
いくらなんでも、そろそろ返事を出さなくてはジョルジュも不快に思うのではないか。
それとも最初の手紙に返事を出せなかった時点で、既に手紙の返事が来ないことを「いつも通りだ」と思っているだろうか。
言い訳をするならば、1通目と2通目の手紙はアリティアに届いていたのだが、はマルスとともにグラに滞在していた為に受け取れなかった。だから余計に、3通の手紙をアリティアで受け取った時に、返事に悩んだのだ。
けれどこうして悩んでいるうちに4通目が届いてしまったら、ますます返事は出しにくくなる。
「・・・返事、しなくちゃ」
何でもいい。せめて何か書いて送りたい。
きっとからの手紙が届けば、ジョルジュは涼しい顔で受け取って、それからしあわせそうに美しい笑顔を浮かべるのだろう。
それを見るのが自分ではなく、手紙を届ける誰かであるのが、少しだけ納得いかないのだけれど。
かたりとペンを置いて、は深く息を吸った。
埃っぽい自室の空気をかき混ぜるように目の前の小窓を開けば、別れた日と同じように雲ひとつない空から太陽に暖められた空気が流れ込んできた。



 ◇◆◇◆◇


騎士団の様子だとか。
 ・・・今、アリティアは平和です。

近況だとか。
 ・・・特に変わりなく過ごしています。

何か他愛もない話。
 ・・・以前、訓練をしていただいた木々の広場のそばに、ツバメが巣を作りました。

それから、愛の言葉。
 ・・・・・・・・・。


こんな返事でも、あなたは微笑むのでしょうか。
私がこうして頭を悩ませているのを分かっていて、この姿を思い描きながらクスと小さく笑うでしょうか。


 ◇◆◇◆◇



「さすがに暑いな」
ジョルジュは目を細めてカシムに話しかけた。
「ああ、ジョルジュさん。お疲れ様です、暑いですねえ」
「悪いな、休憩中に」
「いえいえ。どうしたんですか?」
「いや・・・」
少しだけ、部屋の中に視線を巡らせる。それは、カシムの手元で緩やかに止められた。
「手紙か」
「はい。ここはお給料がいいから、たくさん仕送り出来て助かります」
「そうか?それは良かった。お前は良く働いてくれている。・・・が、あまりオレ以外に金を無心するなよ」
「えっ!?あ、いや、あはは・・・」
カシムの手紙を書く姿は、しあわせそうだと思った。
自分もにあてる手紙を書いているとき、しあわせそうなのだろうと思った。
彼女のことだ。きちんと読んでくれている。
そして、たとえ僅かでも自分の様子を思い描いてくれるに違いない。
その様子を考えると、しあわせな気分になる。
ジョルジュが彼女にあてた手紙は、報告書の作成の合間に息抜きとしてさっと書いているものだが、恐らく彼女はそうはいかない。
先日グラからアリティアに戻ったという報告も聞いているし、そろそろジョルジュの送った手紙を目にして、律儀に返事を書こうと頭を悩ませている頃だろう。
「・・・あいつは、真面目すぎて困るな」
「え?ぼくですか?」
カシムを一瞥して、ジョルジュは笑った。
「恋人に手紙を送ったが、なかなか返事が来ないんだ」
それを聞いてカシムは、困ったように首を傾げた。
返事は来ないというのに、そう言って笑うジョルジュが、あまりにしあわせそうだったから。


「見つけた、ジョルジュさん」
「ゴードンか。どうした?」
「手紙、預かってますよ」
自由騎士団関連の、嫌になるほど大量の報告書だの、陳情書だの、そういったものなら昨日受け取ったばかりだ。
ジョルジュはゴードンから手紙を受け取って、そのシンプルさに再び笑った。
真っ白な封筒に、彼女のサインだけ。届くのが一日早ければ、報告書の束に紛れてしまったかもしれない。
「良かったですね、返事」
「うん?・・・そうだな」
さすがにこの流れでカシムも、手紙に心当たりが出来てしまったのだろう。ゴードンには言えないことを悪気もなくさらりと口にする。
ジョルジュが否定しなかったので、ゴードンも「良かったですね、ジョルジュさん」と口に出せば、こちらは瞬時に冷たい瞳でひと睨みされてしまった。
「ゴードン、確かに受け取った。カシム、邪魔したな」
ふわりと、微笑む。
美しい笑顔を見せた彼の背で、長い金の髪を束ねた赤い結い紐がひらりと一度、嬉しそうに揺れた。





『こうしてあなたが私に送る手紙が
 いつかもっともっと先になって
 私たちの知らない誰かの目に触れたときに
 なんてしあわせな手紙だろうと
 思われるんでしょうね』


こんなにも しあわせなきもちが

ずっと かたりつがれる

せんねんたっても にせんねんたっても



しあわせな ものがたりのように