矢が刺さると同時に、炎が燃え上がる。
突進してきた竜は炎に包まれて苦しみ暴れ出した。
さらに大きな光の輪が舞い降りて来て、その美しさとは裏腹に、竜を締め上げるように包みこんで光を撒き散らす。
竜の倒れるのを確認して、ジョルジュは声を上げた。
「行け!」
ジョルジュとリンダの脇を、頷いてシリウスは駆け抜けた。
次の竜がジョルジュ目がけて近づいてきたが、シリウスとともに駆け込んできたロディが素早く槍でそれを貫く。
「・・・マリクも行ったわ」
隣でリンダが呟いた。シリウスより前にミネルバ王女が飛んだのは、ジョルジュがその視界の端で確認している。
「あとはジュリアンか」
「ええ。・・・大丈夫かしら」
「心配ないだろう。二人も護衛がついているんだ」
答えると、リンダは少し首を傾げてジョルジュを見上げてきた。
「・・・何だ、言いたいことがありそうだな」
彼女が考えていることは、だいたいわからなくもない。恐らくその「護衛」が、アストリアとであることを気にしているのだ。
お喋りに興じる余裕が無いことはリンダも良くわかっているはずだ。
とはいえ彼女は、少しぐらい喋りながらでもジョルジュの弓が的を外さない、ということもわかっているらしかった。
「ジョルジュ。あなた今、不安だったりしないの?大丈夫?」
「そう見えるか」
「いいえ、見えないわ」
そうか、とジョルジュは呟いた。聖弓の矢は綺麗に飛竜を射抜く。
リンダはただお喋りをしているのかと思えば、どうやら先程オーラを撃った反動で呼吸が乱れているのを整えている最中らしい。
「あなたは表情に出ないから。でも、もしわたしだったら不安だわ」
「そうだな・・・」
再び立ち上がってオーラの魔道書を握りしめたリンダを片手で制して、ジョルジュはロディに目で合図を送った。ロディは頷いて最前線に向かう。
「相変わらず、戦場の隅々まで見てるのね」
「お前はもう少し休んでいろ」
「ねえジョルジュ。ニーナ様は、大丈夫よね?」
彼女の言葉は不安げで。
「オレが大丈夫だと言ったら、信じるのか?」
「ええ、もちろん」
そのくせ迷いのない返事に苦笑する。
「あなた今、ニーナ様のことを考えていたの?それとも・・・のこと?」
「メディウスを前にして、そんな余裕は無いな」
答えて放った矢は、尽きない竜の侵攻の只中へとまた飛び込んで行った。
「どうしてとアストリアさんを?あなたの進言でしょ?」
「質問が多いな。・・・さすがに気が散るんだが」
「ごめんなさい」
リンダは諦めて立ち上がった。そろそろ魔力も回復してきた。オーラとは言わないが、エルファイアーぐらいなら撃っても平気だろう。
「・・・マルス王子を護衛に使うわけにはいかない。ファルシオンでなければ、メリクルを使うべきだ。だからアストリアを行かせた。はアストリアをサポート出来る数少ない人物だ。オレがパルティアを持っている以上、アストリアとともに動くのは効率が悪いだろう」
ミディアは後ろの指揮で手いっぱいだからな、と早口で答えたジョルジュに、リンダの呆れたような瞳が向けられる。
まあ言いたいことは分からなくもない。好きな女性を戦略的な理由で危険な任務に送り出すことが出来る、その神経を疑っているのだろう。黙って矢をつがえていると、やはり我慢できなかったのだろう、彼女はふっと息を吐いた。
「本当にあなた、損な人よね」
「守ってもらう立場ではないからな、あいつは」
「わかってる。あなたはのこと、信頼してるのよね」
大丈夫よ、わたしの大切なお守りも預けてあるし。
そう言ってリンダはリライブの杖を振りかざした。
ほぼ避けているとはいえ、時折竜の息吹のかすっていった傷が綺麗に塞がっていく。
「すまないな」
「どういたしまして。あなたがこんなところで倒れたら、に何て言ったらいいかわからないもの」
「そうだな。いざとなったら、お前を盾にしてでも生き延びるさ」
「最低ねー」
彼女はけらけらと明るく笑った。
「ねえ、誰も死なないわよね?」
自分は預言者ではない。未来が見えるわけでもない。
ただ少し、狡賢いだけだ。
けれど彼女の明るい笑顔を見ていたら、頷くべきだと、そう思った。
「ああ。誰も死なない」
ジョルジュは背後を指し示した。
そこに立つのは、光の王子。
ファルシオンを握りしめたマルス王子と、彼の傍には近衛騎士カタリナがついている。
さらにその後ろにはユミナが座り込んでいたが、周囲には間違いなく、捕らえられていたシスターたちの姿があった。
「・・・っ!ニーナ様・・・」
「うまくいったらしいな。リンダ、マルス王子のために道をひらくんだ。もう少しだけ戦えるか」
「ええ、もちろんよ」

遠くで飛竜に矢が刺さり、力なく落ちて行った。
この場にはゴードンもいるのだが、それでもそれがの矢で射られたものであるとわかるのは、戦略的な視点からだろうか。
それとも――。

ジョルジュは力強く炎の矢を放った。
それがマルス王子の行く手を阻む竜を射抜く。
光の王子の目の前に、暗黒竜となったメディウスの姿が現れた。
自分たちに出来るのはここまでだ。
あとはこの周囲の竜たちがマルス王子の邪魔に入らないよう、動かなくなるまで矢を射るだけでいい。
彼が続けて放った矢のあとを追うように、別の矢が同じ竜に突き刺さった。
竜を挟んで逆側に、いつもどおり凛と立ち、美しい姿勢で弓を構える、王子の近衛騎士の姿が見える。
心配などしなかったつもりだった。
けれど少しだけ零した安堵の微笑に、リンダが目ざとく後ろで笑う。
は次の竜へと狙いを定め、しかしそれがまだ遠いのを見て一度弓を下ろすと、ジョルジュに向けてにこりと微笑みかけた。
ああ、大丈夫だ。この戦い、勝利する。
彼女はすぐに再び弓を構え直した。ジョルジュも姿勢を正してきりりと弓を引いた。