s t a c c a t o





いくら彼女に好意を持っているとはいえ、普段から必要以上にその姿を追っているつもりはない。
しかしこういう場面に遭遇すると、まあそれなりに運命だとかなんとかいう何かに導かれた二人であると思えなくもないんじゃないか。
軽くそう考えて、ジョルジュはすぐにため息をついた。
軍ではマルス王子の近衛騎士として、若いながら誰からも――あのジェイガンからさえも一目置かれる存在である彼女。いつでも毅然とした態度を崩さない。背筋をしゃんと伸ばしてマルス王子の傍らにきりりと立っている。誰にでも誠実で、誰に対しても全力で。しっかりした女性だという軍内部の評判は、決して間違っていないはずだった。
それがどうして、自分が見かける時にはいつも、おかしなシチュエーションの只中に身を置いているのか。

制圧したばかりのグラの城。
当然マルスの仕事は多い。つまりは彼女の仕事も多い、ということだ。
そんな彼女が何故中庭で、高い窓から身を乗り出して今にも落ちそうになっているのだろう。
「どうかなさいましたか」
ジョルジュはではなく、自分のすぐ前で上を見上げて立ち尽くすグルニア王子、ユベロに向けて口を開いた。
「あっ、ジョルジュさん」
振り返ったユベロは、しかしまたすぐにハラハラした目で上を見上げる。
「ぼく、大事なものを木に引っかけちゃって・・・が取ってくれようとしてるんだけど・・・」
なるほど、3階の窓から背の高い木に向けて身を乗り出している彼女の指先を辿れば、小さな袋が目に入った。ついでに下から見上げると服の中も見えてしまうのだが、普段から色気の無い服装でいて良かったな、と誰にともなく思う。
の手は、どんなに頑張っても袋には届きそうになかった。
それで彼女はいっそ木に飛び移ろうかと考えているらしく、足場になりそうな枝を物色しているようだ。背は高いが、細い木だ。人の飛び移る重みに耐えられるだろうか。
恐らくは無理だろう。制圧したとはいえ、城内の木を早々に破壊するのもどうかと思われる。
心を決めて飛び移る前にと、ジョルジュは上に向けて声をかけた。
、少し待て」
「え?えっ、ジョルジュ殿?」
彼女はジョルジュの姿をみとめると慌てて窓の方へ一度下がった。
先日、好意を持っていると告げて以来、僅かにだが意識されているらしい。窓際で、一応服や髪を整え直しているのが見えた。
「王子、あの袋の中身は?」
「ガラス細工で・・・。もしかしたらもう割れちゃったかもしれないけど・・・そうじゃないといいんだけど」
「分かりました。もしよろしければ、それをお借り出来ますか」
割れ物ならば繊細に扱うしかない。
ユベロの手に握られているのは、おもちゃの弓。殺傷能力など無いが、それでもあの高さまで届くように力をこめれば、それなりの衝撃を与えることとなる。
おそらくはこれで撃ち落とす為に持ってきたのだろうけれど、が撃たなかったのはそのせいだ。
「これ?は駄目だって言ったけど、いいの?」
優しく微笑んで、ジョルジュはおずおずと差し出された弓を受け取った。が上から心配そうに見下ろしている。
もちろん普段戦うのに使っている弓とはまったく形も作りも違うが、その弦の具合で大体の飛距離を推測して袋の周囲を観察してみた。
袋に当てるわけにはいかない。あの袋を落とす程度の力で枝に当てる。なおかつ落下までに他の枝にぶつからずに、真っ直ぐ地面に落ちてくるルートを見極める。
上着を脱いで、推測した落下地点にどさりと放り投げると、ジョルジュはすぐに上に向けて弓を構えた。
「失敗したら処刑ですか?」
「まさか!無理だったらいいんだ!無理しないでって、にも頼んだんだけど・・・」
「良かった」
軽い冗談に対して、慌てて答えるユベロにもう一度微笑んで、弦をひく手を離す。
矢は予測どおりに飛んで、軽く枝を叩いて落下した。
その衝撃で、袋がこれも予測どおり、先程投げた上着の上へ落ちてくる。
小さな袋だから重くはないだろうと思ったが、やはり落下時に何の音も立てることはなかった。
「あ・・・」
ユベロが一度こちらを振り返ったので、頷いて促すと、彼は慌てて袋に駆け寄って中を確認し、そして笑顔で再び走って戻ってきた。
「ありがとうジョルジュさん!割れてなかったよ!」
「お役に立てたなら何よりです」
「お母様から貰った、大事なものだったから・・・本当にありがとう!」
「それは・・・もう木に引っかけたりなさらないよう、お気をつけください」
「うん!」
それから、後ろから歩いてきたに向き直って、そちらにも頭を下げた。
も、ありがとう!」
「いえ、私は何も・・・でも、良かったですね」
苦笑するに一生懸命頷いて、二人に改めて礼を告げてから、ユベロは大切そうに袋を抱いて戻って行った。

「さすがでした。ありがとうございました」
は両腕で抱えた彼の上着を差し出した。
「ああ。お前が飛び乗ったら枝が折れただろうからな」
くくっと笑って上着を受け取り、軽く羽織る。
「そ・・・そんなに重くは!・・・ないと思うのですが・・・」
自信なさげにしぼんでいく語尾に、笑いをおさめることなくジョルジュは両手を伸ばした。
そのままを抱き締める。
「な、ジョ、なにを、あの、」
「・・・いや、やっぱり折れたな」
「〜〜〜っ!!なにを確認したんですか!!」
持ち上げたわけでもないのに、と文句を言う彼女に、ジョルジュは微笑んだ。
さっきユベロに見せた優しい微笑みとはまったく違う意地悪な笑顔に、が言葉に詰まる。
「聞きたいか?」
「い・・・いりませんっ!!!」
3歩ほど大きく飛び退った彼女に、じゃあなと手を振って歩きだして、ふと思い出したようにもう一度振り返って。
「そうだ、あとで余裕が出来たらオレのところへ来い。少し手ほどきしてやろう」
「手ほどき?」
先輩であるゴードンの、さらにその師匠であるジョルジュ直々の手ほどきとなれば、さすがに興味が隠せない。飛び退った3歩を詰める勢いで、がちょこちょこと近寄ってきた。
「あれぐらいの芸当、弓兵ならば出来て然るべきだろう。補習授業だ」
「あ・・・ありがとうございます!必ず伺います」
本当に訓練好きだなと肩を竦めて、ジョルジュは今度こそ彼女を残して立ち去った。
「まあ、先程うまくいったのも、たまたまなんだが」
呟いたひとりごとは、の耳に届くことは無い。
相手がアストリアなら、また怒り狂うだろうなと考えて、再びジョルジュは微笑んだ。
ユベロに見せたように、あるいはそれよりももっと、優しい笑顔で。