陥 穽





やっぱり、間違えたんだ。

今更「好きだ」と言われたところで、「信じない」としか答えられない。
何故なら「信じます」に変わるだけの何かがあったわけではないから。
たとえば今だって、何の打算があって彼はこんなことを、と考えてしまうのだから。

身を挺して守ってくれたというのに。




「オレのせいだろう。その弦」
どうして、と掠れた声で尋ねると、返されたのはそんな言葉だった。
銀の弓の弦。弛みかけていると警告されたのに、手入れを忘れていたのだから、どう考えてもの過失。
なのに。
トクトクと血が流れているのは、右腕。彼の、弓をひく腕に万が一不具合など残ってしまっては、死んでも詫びきれない。
「あ・・・エッツェル殿!手当をお願いします!」
目に付いた癒し手に声をかける。
エッツェルはジョルジュの傷を見て、眉を顰めた。
「ジョルジュ殿、動けるか?一度下がるべきだ」
「ああ、すまない」
二人が後方へと移動するのを見送り、は前線へと戻っていった。

最前線に居ながら、まったく戦闘に身が入らない。
彼はどうなっただろうか。腕は、大丈夫だろうか。
何度目かの矢を外した時、強く、手を引かれた。
、下がれ」
エッツェルだ。
「そんな状態で戦っていてもしものことがあっては、かばった意味が無いだろう」
「あ・・・」
そういえばこの人に向かって、かばわれた命を大切にしろと伝えたこともあった。
「すみません・・・」
「いや」
エッツェルはそのままを後方へと誘う。
スナイパー二人が前線を離れたとなると、少し戦力的には厳しくなるかもしれない。
「ジョルジュ殿は、大丈夫だ。様子を見に戻るといい。その分は、微力だがおれがフォローに入る」
ドラゴンナイトなら、シェイバーの魔道書を使えば大丈夫だろう。
少し逡巡したものの、はすぐに頷く。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
マルス様をお守りするのが、もちろん第一だ。こんなこと、自分の中の大きな部分は、許さない。
本当だったら、戦い続けたい。大丈夫だと聞いただけで満足だ。
彼女を促したのがエッツェルでなければ、断っていた申し出に違いない。
けれど、彼女のこころの本当に端の、微かな部分が、それを受け入れた。


 *****


戻ってきたのか、と、ジョルジュは少し驚いたようだった。
リカバーの杖を使ってもらったらしい。しばらく安静にと、大人しく座らされていた。
「どうした」
どうしたのだろう。
怪我の具合を見に来た?大丈夫だと聞いたのに?
違う。ああ、そうだ。わたしは――

「謝罪に来ました」
「かばったことか?気にすることじゃあない。たまたま目の前だったから手が出ただけだ」
「いえ、違います」
もちろん、かばってもらうような事態に陥ったことは反省しているし、彼に感謝もしている。
「それについては謝罪ではなく、感謝です。ありがとうございました」
深々と頭を下げると、ジョルジュは静かに首を横に振った。
「それで、そのことでは無くて、・・・今、言うことでも無いのですが、どうしても今、お伝えしておきたくて」
「?」
の瞳がまっすぐにジョルジュを見つめる。
「あなたのことを、信用しています」
「・・・話が見えんな」
「あなたは、軽薄に見せていますが、本当はとても誠実な方。人を駒として見ていると言いながら、誰よりも人を大切にしている。私は、もっと以前からそれをわかっていた筈でした。なのに、あなたから逃げてしまった。そのことを、謝りたかったのです」
ジョルジュは驚いたようにの瞳を見つめ返した。
「・・・前にも言ったが、本当に、買いかぶりすぎだな」
「それでも良いです」
ニコリと笑う。
「だから、私は必ず生き延びます。この戦いが終わりを迎えるまで必ず」
「そうか」
ジョルジュも小さく微笑んだ。

「あの・・・」
「・・・ん?」
なんと言えばいいのだろう。
あなたの『好意』が真実なら、それをもう一度聞かせてほしい。
今度は「信じます」と答えるから。

「・・・いえ、そろそろ戻ります。二人分、頑張ってきますから、ゆっくり怪我を休めてください」
「ああ」
ひとつ深く礼をして、振り返ることなくは走り出す。
後にはジョルジュが1人残され、彼は以前にから貰った弦を、再び取り出してゆっくりと撫でた。