敬 慕
相変わらず涼しい顔で戦うものだ、とはそっと隣に立つジョルジュの表情を盗み見た。
自分はこの戦いの間に、腕を上げたと思う。
けれど未だに、ジョルジュにはどこか及ばないところがある、とも思う。
ジョルジュはのことを、「戦うことに関しては自分よりも上だ」と言う。では一体何が違うのだろう。何が彼と自分の差なのだろう。
戦場の只中にあるということをすぐに思い出して、は考えを中断した。
ただ、それを見つけられそうな気がするのは、戦う彼を見ている時だ。きっとまた、戦いを終えてから続きを考えようとしても、それはぼんやりとし過ぎていて、答えに辿り着くことは出来なくなってしまう。
「お前の考えていることを当ててみせようか」
ふいにジョルジュが、呟いた。
戦場の轟音の中、恐らく周囲の他の仲間には聞こえていない。
こうして喋る余裕があるということは、彼から見るこの戦いはもう、勝利目前なのだ。
(・・・この人が涼しい顔で戦っている時、私は安心するんだわ)
そんなことを考えているのも、彼には分かっているのだろうか?
次の言葉を待っていると、ジョルジュは口の端に笑みを浮かべて、ちらりと目だけでこちらを確認した。
「ジョルジュ殿かっこいい、恋しちゃうー・・・だろう」
「なっ・・・」
思わず弓を引く手を止めてまで振り返ってしまって、その彼の表情に、「しまった」とは目を伏せた。慌ててもう一度弓を構えなおし、きりきりと引く。
「ははっ、冗談だ」
「・・・わかってます」
そんなことは、振り返った瞬間に。勝ち誇ったように笑っていた彼を見たその時に気付いている。
憮然としたまま弓を引くに対して、ジョルジュは少し距離を縮めて続けた。
「まあ、経験だろうな」
「え?」
「オレとお前に、まだ差があると感じるならば、だ。お前は騎士になってまだ日が浅い。こればかりは少しずつ蓄えていくものだ」
「経験・・・」
たとえば危地に対する瞬時の判断。
勝利への確かな道筋を見極める力。
もし彼が、自分で言うとおり「弓の腕はそれほどでもない」のだとすれば、彼を「大陸一の弓使い」たらしめているのは彼の「経験」なのだろうか。
それともう一つ。
「どうして、わかったのですか?」
「ん?」
「・・・私が考えていたことです」
ジョルジュはもう一度、先程と同じように、面白がる笑みを浮かべた。
戦場に居ながら、その笑顔からは余裕しか感じられない。
一度目を閉じると、引き絞った矢を放つ。それは綺麗に直線に近い弧を描いた。
「それは、観察力だな」
お前にもう少しあるといいものだ、とジョルジュは笑う。
「前にも言ったが、世界を広げることだ。決して、無駄にはならない」
経験にも通じる、とそう言ったかと思うと、彼は力を込めてを引き寄せた。
抱き寄せられた一瞬後を、矢が通り抜けていった。
「あ・・・ありがとうございます」
礼を述べたが、ジョルジュはすぐには離してくれない。
周囲には絶対に聞こえない小さな声で、抱き締めた彼女の耳元で囁いた。
「それに、見なくてもわかる。お前の視線ぐらいは」
「・・・!」
瞬間、は力を込めてジョルジュの腕の中から逃げ出した。
既に大した力は入っていなかったらしく、すぐに距離が離れる。
彼は、やはり笑っていた。
「心配しなくても、その意味を誤解しているわけじゃない」
こういう時、やはり自分はからかわれているのではないか、と思ってしまう。
恋とは、もっと焦がれるものだと、少ない知識ではそう認識していた。
彼は自分を気に掛けてはくれているのだろうが、それはあくまで一人の弓騎士として――弟子であるゴードンを気に掛けるのと同じように――だと感じる。
それとも自分が「好意を持っている」という言葉の意味を取り違えているのか?
ジョルジュのことは弓騎士として、尊敬しているし目標としている。それは間違いないことだし、堂々と口に出来る。
けれどその「尊敬」が大きすぎて、これが恋かと聞かれれば、きっと全力で否定してしまうのだ。
(私は「恋」なんて・・・)
「今は、お前たちの有難い「尊敬」を裏切らないように、精一杯努めるさ」
まるでの思考をすべて聞いていたかのように絶妙のタイミングで告げて。
ジョルジュはまた一撃、鋭い矢を放った。
逃すつもりはない。
彼の張り巡らせた網に少しずつ絡まっていく、そのことに気付いてもいない、素直で純粋な蝶々を。
(随分と、入れ込んでしまったようだな)
自分で自分に苦笑して、隣で相変わらず憮然としているを少しの間見つめてみたが、やはり彼女はジョルジュの視線に気付くことなく、ただ凛とした姿できりきりと弓を引いていた。