女 神





「待ってください!ジョルジュ殿!」
駆け寄ってくる彼女と、普段であれば楽しみの一つとして軽くじゃれ合っても良いのだけれど、今はそれどころでは無い。
ジョルジュは平時には絶対に彼女に対して向けないような、拒絶の視線でを睨んだ。
一瞬の視線が、それでもの足を止める。
が、はすぐに思い直して彼に駆け寄った。
「悪いが、今はお前の相手をしている余裕が無い。話なら後で聞く」
その冷たい声に、ぐっと言葉に詰まったけれど、も負けずにもう一度、正面から彼と対峙した。
「そういうわけにはいきません。今は、マルス様の指揮のもとで戦っていただかなければ困ります」
「人質を先に解放するだけだ。マルス王子の邪魔になるようなことはしない」
「ですから、私が一緒に行くのが、マルス様のご指示です」
「何・・・?」
そこでようやく、ジョルジュは一度に向き直った。
彼女は自分たちを止めに来たのだと思っていた。しっかりと目が合って、彼女が再び口を開く。
「今すぐ出るとおっしゃるなら、私もすぐに出ますから、一緒に連れて行ってください」
「・・・ミディアが居るのは、あのハーディンのすぐ傍だ。危険すぎる」
「マルス様の願いは、誰ひとり倒れないことです。もちろん、ミディア殿もです。そして彼女を助けに向かうとおっしゃるお二人もです。ですから、私にもそれを手伝わせていただきたいのです」
言い合っているところで、アストリアが顔を出した。
「ジョルジュ、先に出るぞ」
「・・・ああ」
アストリアにとっては、命にも代えがたい女性。どれほど不安でたまらないだろう。
だからマルスは、ミディアを救いに行くという彼らを止めなかった。それどころかに、彼らの手助けを命じた。
ジョルジュはもう一度、目の前の彼女に視線を移した。
マルス王子の指示とあらば、自分が拒否したところで彼女は諦めないだろう。
ふう、と息をついて、それから何とも言えない複雑な表情を浮かべる。
「オレは、お前を連れて行きたくはない。だが・・・マルス王子の指示ならばしょうがない」
その言葉に、の瞳がさっと曇った。
「私は、足手まといでしょうか?お役には立てませんか?」
「そうじゃない。お前は戦うことに関しては、オレよりも上だ。手を貸してもらえるのは助かる」
そんなことは、と慌てて両手を振る彼女の頭を、ジョルジュの大きな手がぽんぽんと撫でる。
「今のハーディンは異常だ。どんなに強くても・・・お前に何かあれば、オレが後悔する」
好きな女を、あんな化物の前に連れて行きたくはないさ、とジョルジュは口には出さなかったけれど、今まさにその状況で愛する女性を失いかねない親友の胸中を慮った。
「それでも、お前はマルス王子の指示に従うのだろう。・・・ついて来い。遅れるな」
「あ・・・はいっ!」
許可を得たことに安堵して。
は普段の少しほわりとした表情は思い起こせないほどの厳しい表情を見せた。
「・・・ジョルジュ殿、私は、約束を守ります。あなたとの約束を、必ず」
絶対に死ぬな、という約束。
きっと彼は、自分のことを心配してくれていたのだろうと分かって、走りながらは呟いた。
それは、ジョルジュにというよりは、自分に言い聞かせているようで、だからジョルジュは特に返事をしなかったけれど。


もし何かあれば、自分は彼女をかばってしまうかもしれないと、彼はこれほどの緊張感の中にもかかわらず口の端に笑みを浮かべた。
そういう意味では、彼女は足手まといかもしれない。
だが、マルス王子の、アリティアの誇る最強の近衛騎士。彼女はきっと勝利の女神になるだろう。
自分が、そうしてみせる。
誰も死なせない。ミディアも必ず助ける。
だから安心しろと、先を行くアストリアの背にジョルジュは、そう心の中で語りかけた。