策 略
「」
必要以上にビクリと反応したのは、なにも急に声をかけられたことだけが理由では無い。
あれ以来。あの時最後に微笑を見てしまって以来、はずっと彼のことが頭から離れなかった。
今だって、弓の手入れをしつつもずっと、そのことで思い悩んでいたのに。
その本人、ジョルジュの声に、まとめようとしてまとまりもせずにぐるぐると脳内を駆け巡っていた思考は、一気に霧散する。
「すまないが、弦を・・・どうした」
「え、あっ・・・、弦ですね、少しお待ちください」
思考に入りこみすぎて手入れの手が止まっていたのを、慌てて動かして予備の弦を取り上げる。
「どうぞ」
ジョルジュはそれを受け取ると、そのままの隣に腰をおろした。
「続けてくれ」
「は・・・あ、あの。何か御用でしたら、先にお伺いしますが」
「いや、特に用は無い」
「そうですか・・・」
正直、隣に居られると今は落ち着かない。
けれど、ジョルジュに向かって「用が無いなら立ち去ってくれ」とも言えない。
明らかに途中である弓の手入れを中断して、自分が立ち去るのも失礼だ。
マルス様やジェイガン様が、急用で呼び出してくれないかしら。この際ルークあたりの、心底どうでもいいしょうもない用事でもいい。
こういう時に限って、なにごとも無く静かに時間が過ぎるもので。
は観念して弓の手入れを再開した。
何か話すべきかしら。でも何を?
ジョルジュは座ったまま、今渡したばかりの弦を指でするすると撫でている。手持ちぶさただろうと思うのだけれど、特に退屈した様子では無いようだ。
「珍しいですね。ジョルジュ殿が予備弦を切らすなんて」
結局、気を遣ってしまう性格なのだろう。はジョルジュに自分から話しかけた。
「ん?いや、弦は持っている」
「それじゃ、どうして・・・」
聞いてしまってから、聞くんじゃなかった、と思ったが、もう遅い。
「理由、か。そうだな」
一度指を止めて、彼は弦とを見比べた。目が合って、は思わず視線を床に落とす。
見てもいないのに、ジョルジュが小さく笑ったのがわかった。
「願掛けとか、そんなものだ」
「そ、そうですか」
落ち着かない。
「そう緊張するな。オレが何の用で来たのか、考えているな?さっきも言ったとおり、本当に特に用は無い。敢えて言うなら――」
あの時だって、真摯に、まっすぐに答えたつもりだった。
――お前に好意があるから・・・といったら信じるか?
――い、いいえ、ジョルジュ殿のことですから、何かきっとお考えが・・・
けれどあの時、彼の微笑を見ては、自分が間違いを犯した気がしたのだ。
簡単に言ってしまえば、「信じません」と言ったも同じな彼女の返事に、ジョルジュは肯定も否定もしなかった。
それとも、すべて彼の「策略」なのだろうか。
「敢えて言うなら、お前を見に来た。それが用事だ」
本気で無いとは思いながらも、そういった扱いには慣れていない。頬が紅潮するのを感じる。
ジョルジュが視線を自分から逸らすのを感じて、ようやく顔を上げると。
彼は、声を殺して笑っていた。
「ジョルジュ殿・・・からかっていらっしゃるのですか?」
「いや、紛れもない本心だが。しかしお前の反応が予想以上だった」
「・・・失礼します」
照れてしまったことまでが恥ずかしくなって、は乱暴に弓をしまうと、立ち上がった。
「ああ、気をつけろ。その銀の弓の弦、弛みかけていた」
背中に声がかけられる。
「ありがとうございます」
失礼だとは思うが、顔も見られない。悩んでいたのもバカらしい。
扉を閉める時チラリとジョルジュを見ると、彼は思いの外優しい眼差しでこちらを見つめていた。
「また話に来る」
「結構です!」
バタン!と激しく扉が閉まって。
ジョルジュは、から貰った弦を手のひらに乗せ、微かに笑って立ち上がった。