蝶 々





マルス王子の近衛騎士が、ロディやルークらアリティア騎士と共に談笑しながら歩いて行く。
それを気にも留めないジョルジュと、もちろん彼には気付かない
アストリアは親友を、不審そうに見やった。

「・・・どうした、アストリア?」
その視線が物言いたげなのを感じ取って、さすがにジョルジュは顔を上げる。
「お前らしくないんじゃないかと思ってな」
「何がだ」
「・・・この間の話だ」
ジョルジュがに好意を持っていると聞いて、驚きはしたがいい傾向だと思った。
叶わぬ恋心を隠し続けて、数多の女性に誤解を抱かせるよりはよっぽどいい。
この見目麗しい親友が、数多の女性たちに何かしたわけでは決して無いのだが、女性というのは大抵勘違いや誤解をしてしまうものなのだ(もちろんミディアはそのような女性では無い!)。
だが恋人が出来てしまえば、さすがに彼が誤解を受けるようなことも無くなるだろう。
そう思ったのに、ジョルジュはに対して随分と淡泊だ。

この男が出来るのは知っているのだ。
愛ぐらい囁けるだろう。手ぐらい握れるだろう。
もっと何だって、その・・・色々と出来るだろう。
女性の扱いは、自分より相当上であることは間違いない筈なのに。

アストリアはじろりとジョルジュを睨む。
「何故そんなに落ち着いているんだ」
「ん?」
「恋人らしくない」
「恋人では無いからな。オレが一方的に好意がある、と言っただろう」
「それはそうだが・・・」
本気になれば、恋人になることぐらい訳ないだろう。
「・・・どうして、本気を出さない?」
親友からのその質問に、ジョルジュはくくっ、と笑った。
この男は、本当に真っ直ぐすぎて面白い。
そういう彼であるから、自分の親友なのだろうけれど。
本気を出せば何でも手に入ると思っているのだろうか。だとしたら期待しすぎだ。
それに、彼女を手に入れる気が無いわけではない。それなりに考えてはいる。
だが。
「・・・そういうつもりではないんだが、そう見えるか?」
「ああ」
ジョルジュはごく自然な動きでアストリアから目を逸らした。
アストリアもそれにつられて、視線をそちらへ向ける。
その先では噂の彼女が先程の仲間たちと爆笑しているところだった。
それは切り取って置いておきたい程の朗らかな笑顔で。
アリティア軍に来てからまだ日の浅いアストリアですら、彼らの絆は深いものなのだろうと窺い知れた。
「そうだな・・・理由があるとすれば・・・」
「・・・?」
「待っているんだ。・・・蝶々を捕らえるのに、一番効果的な瞬間を、な」

それまでは、ゆっくりやるさ。
彼は軽く笑って、それ以上は答える気が無いとでも言いたげに口を閉ざした。
先程見た彼女の、太陽のような笑顔とは対照的な静かな笑顔に、けれどアストリアは安心して、こちらもそれ以上追及するのはやめた。

蝶々は、この花にとまるだろうか。
甘い甘い蜜に誘われて。それはきっと、二度と逃げられない罠の花。
(花というより、蜘蛛だな)
軽く失礼なことを考える。
彼が何を考えているにしろ、自分が恋愛で助言できることなど無いのだ。
ジョルジュの方が何倍も、うまくやるだろう。
もし、彼が何かの間違いで恋愛の相談をしてきたら?
そうしたら、自分は困り果ててミディアに相談するしか無い、それぐらいレベルが違う。
きっとただ待っているだけでいい。
今度こそ、彼は幸せになってくれる筈だと、アストリアもジョルジュにばれない程度に薄く笑った。