微 熱
さらさらと、ペンを走らせる音。
インクの匂いがする・・・。
幸せな気がして、はゆっくりと目を開いた。
「・・・?」
夢でも見ているのだろうかと、まだ回らない頭で考える。
どうして、この人がここにいるのだろう。
「ジョルジュ殿・・・?」
呟くとペンの音が止まって、美しい金の髪がするりとその肩から落ちる。
「どうした」
がぼうっとしているのを見て、彼はペンを手元に置いて歩み寄ってきた。
「ええと・・・軍議は・・・?」
なんとか途切れ途切れにそう言うと、
「お前が倒れたから引き上げてきた」
と、こともなげに答える。
「・・・え!?」
さすがに驚いた。
「え、あの、まさか全員・・・ですか?」
「いや。オレだけだ。とは言え、もう終わり間際だったからな。すぐに解散になったようだが」
椅子を引き、側へ座っておおげさに息を吐く。
「まったく・・・お前は無理をしすぎだ」
「すみません・・・」
先程までの軍議の内容は、まったく頭に入っていない。
これでは叱られてもしょうがないし、何よりマルス様に申し訳ない。
あとで謝罪に行かなくては。それから、次の作戦を考えなくてはならないし。
「そういえば、先程は何を?」
寝たままなのも失礼だろうと身を起こそうとしたが、それはジョルジュが無言で押し留めたので、しょうがなく横になったまま尋ねる。
「次の作戦を考えていた。そこに置いてある」
そう言って机を差した。
「あまり、一人で何でも抱え込むな」
「ありがとうございます」
「今は、見るなよ。熱が下がってからだ」
ジョルジュは小さく笑った。
「・・・お前たちが、『本物の』軍師を取り戻すまでは・・・必要な時には、オレを使え。軍師ではないが、アカネイアの内情も少しは分かる。戦略も・・・残念ながら得意分野だ」
「ご存知・・・だったのですか」
カタリナを探していること。彼にバレているとは思わなかった。
ジョルジュとカタリナは、従騎士の頃の、訓練時に一度だけ面識があるのみだが。
「以前あの軍師見習いが居た時の、戦い方は、見事だった」
カタリナのことを褒められて、は自分のことのように嬉しくなった。
「・・・少し元気が出たようだな」
呆れた口調で言って、ジョルジュが立ち上がる。
「あ、」
もう行ってしまわれるのですか、と。
思ってしまって、口を噤んだ。
どうしてだろう。この人が側に居ると、落ち着かないのに、安心する。
相反する二つの気持ちに、続く言葉を紡げないでいると、ジョルジュのひやりとした手がの熱い額に触れた。
「自己管理は戦場の基本だ」
厳しい声でそう呟いて、しかしすぐに、声とは裏腹に優しい微笑み。
あとは振り返りもせずに立ち去ってしまった。
彼の書いた戦略が、見たい。
見たくてしょうがなかったが、「熱が下がってから」という彼の一方的な約束を、は守ることにした。
カタリナのことは、第七小隊の仲間とマルス様以外には話せない。そう思っていた。
だから特に暗殺者たちと戦う時には細心の注意を払って、自分が全てを抱え込んできた。
けれど。
「・・・カタリナ・・・」
あなたを取り戻すために力を貸してくれる人がいるわ。
には、彼女がどこかで泣いている気がしていた。
自分には、マルス様がいて、絆で結ばれた仲間がいて、こんなにも気にかけてくれている。
あなたが、一人じゃなければいいけれど。
彼女の野の花のような可憐な笑顔を思い出して、はそっと目を閉じた。