さやかな星の、音すらも身体に響く夜
私はひとつだけ、隠しごと。

貴方はどれだけの嘘をついているのか
ただ、微笑んだだけ

ひとつの嘘など歯牙にもかけない
貴方は嘘で出来ている





   刹 那 逢 瀬





もうすぐ、この戦いは終わる。
ジョルジュは言った。
彼が言うからには、そうなのだろう。の知る限り、彼が先を見誤ったことは無い。
それは誰にとっても喜ばしい報せの筈だ。
戦争が終わること。それを喜ばない者がいるだろうか?
何より、彼女の主はその為に戦っているのだ。彼女が嬉しくない筈が無い。
けれどはその時、すぐには喜びの声をあげなかった。

「お前は約束どおり、激戦の中ここまで生き延びた」
少し付き合ってくれと言われ何の準備も無しに出てきたが、足場が悪い上に、月と星以外の明かりが無い。
慣れた地らしく軽い足取りで進んでいたジョルジュは、ふと後ろを振り返り、時折ふらつくに手を差し伸べた。
僅かに躊躇ってその手を掴む。表情を窺おうとしたが、彼は別段こちらを見てはいなかった。
彼にとっては自然な行為で、誰に対してもそうするのだろう。ただ本当に無機質に、彼女を目的地へ運ぶためだけに繋がれた手は、少し冷たい。
「あと少しだ。最後まで、死なないで欲しい」
手はすぐに離された。
「それが、お前の主の何よりの願いだろう」
あなたの願いでは無かったのですか?と、尋ねたいのを我慢して、は黙って歩いた。
もちろんマルスの願いは「誰ひとり欠けることなく」であるから頷いても良かったのだが、何故かそう出来なかった。



ジョルジュは足を止めた。
そこには、何も無かった。
月の光も星の光も届かないほどに深いのか、ただ真っ暗な空間が広がっていた。
何か景色が広がるのかと想像していたが、小さく息を飲む。
その反応に、ジョルジュは笑った。
「昼の姿が気にならないか?」
「ええ・・・とても、気になります」
素直にそう答えて、は腰を下ろした。あまりに昏くて、立っているのが怖かった。
「だが明日にはここを発つ。お前はここで昼の姿を見る事は出来ない」
「そうですね・・・」
「だから、すべてが終わったら、もう一度来るといい」
立ったままのジョルジュの視線が自分に投げ落とされたのを感じ、は手元の草をきゅっと握りしめた。
「そうしたら、本当の姿が見える」

「どうして」
わざわざ闇を見せる為にここへ連れてきたのか。
真意を問うたところで彼は答えないのだろうけれど、それでも尋ねる。
ジョルジュは厳しい表情で、射竦めるように彼女を見下ろした。
「あのメディウスと、戦うのは二度目だが」
手を開いてじっと見つめ、それから握りしめる。
「奴は、これよりもずっと・・・」
昏い、と言えば良いのか、それとももっと相応しい言葉があるのか。
珍しく、ジョルジュはそこから先を続けることが出来なかった。出来れば二度目の対面など拒否したい相手だが、そういうわけにはいかない。
「ジョルジュ殿・・・」
「・・・少しは予備知識にでもなれば良いと思ってな。比べ物にはならないが」
それと、と彼はようやくいつもの微笑を浮かべた。
「心残りが多ければ、命は落とせないだろう」
「はい」
は立ち上がった。
こんなところで怖がって、座り込んでいるわけにはいかないのだと分かった。
ジョルジュと真っ直ぐ向かい合う。
彼は決して、怯えているわけではなく。ただどちらかと言えば、自分のことよりも周りのことを本気で心配しているようだった。
彼は表情には出さないが、にも少しずつ、彼の本音が見えるようになってきた気がする。
やはりこの人は皆を駒として見るつもりでありながら、それも出来ないのだろうと思うと、どうにか少しでも安心させて差し上げたい、と思った。
「私は、マルス様の近衛騎士です。最後まで生きます。そして、誰も死なせない」
「ああ。期待している」
「それに、あなたとの約束です。最後まで生き延びると。ですから・・・」
「ああ」
続けようとした言葉は、ジョルジュにそれとなく遮られた。
「オレも死なない。いざとなったら、お前を盾にしてでも生き延びるさ」
そんなこと、絶対しないのに。彼が軽く笑うので、も困ったように微笑んだ。



「そろそろ戻らなくては」
「・・・そうだな」
他に、何か話したいことがあったのではないか。きっとあったのだ。
鈍いにすらわかる。
「本当に、早くすべて終わらせたいですね」

すべてが終わったら、こうしてそばに居ることは無くなるのだろうか。
恋なのか、尊敬なのか、大きすぎて、今は気持ちも分からないから。
本当にすべてが終わったら、もう一度確認させて欲しい。
その時これが恋だったとしても、二人は離れてしまうのだろう。
その予感に、は少しだけ目を伏せた。
「そうだな」
ジョルジュはやはり優しく微笑んだけれど、それ以上何も話してはくれなかった。