P r e s t i s s i m o





こういうところまでマリクには敵わないのだなと、エルレーンは呟いた。
もうマリクを憎んではいない。自分は自分で、マリクはマリク。
彼は自分を友であると言ってくれたし、自分もそうでありたいと思っている。

それでもその報せには、祝福と共に、羨望の気持ちが抑えきれない。



パレスで結婚式をあげるからと招待状が届いたのは昨日のこと。
ウェンデル先生は出席なさるべきでしょうから、カダインの留守は預かります、とそう伝えたエルレーンに、ウェンデルは普段通りののんびりとした調子で「もう二人とも出席すると返事をしてしまったよ」と返した。
ヨーデルが居るので大丈夫だと判断したらしい。
行きたくなかったわけではない。もちろん行って祝福してやりたい。
けれど、生まれた羨望の気持ちがふたたび嫉妬に変わることを、彼は恐れていた。
そしてそこに現れるであろう恋人に、それを見抜かれることを恐れていた。見抜かれるどころか、ぶつけてしまうかもしれない。

パレスで魔道学院を設立するというマリクの傍には、いつもエリスがいた。
その様子を見ていると、自分が恋人だと思っている関係は気のせいなんじゃないかと思ってしまうほどに、距離が近くて。
カダインを離れられない、離れる気もない自分と。
アリティアを離れられない、離れる気もない彼女。
考えてもしょうがないことだ。



「ああ、エルレーン。良かった」
「なっ・・・」
自室に戻ると、今の今まで思い描いていた相手がちょこんと座っていた。
「ここまで案内してもらったのは良いんだけど、あなたは居ないし。探しに出たらきっと戻ってこられないから、待っていたの」
「来るとは聞いていないが?」
いつもなら、アリティアから使者が来ると連絡があるのに。
それに対しては、はにかんで目を逸らした。こんな表情もするのだなと、意外に思う。
「本当は、パレスの方へ仕事で。予定より随分早く済んだから、こちらへ寄りたいって言ったら、マリク殿が送ってくださったのよ」
「・・・何をしに来た」
「あの、頼みたいことがあって」
しまった。どうして会えて嬉しいと言えないのだろうと、瞬時にエルレーンは後悔した。
今の言い方では、彼女を責めているようだ。
しかし訂正することも謝ることも出来ずに、黙って視線で先を促す。
「カダインでは新たな魔法の研究もしてるって聞いて。マリク殿に尋ねたら、そういうのはエルレーンの方が得意だよって・・・」
「マリクは研究派では無いからな。貴様は魔力がほとんど無いだろう。魔力が無くても使える魔法が必要か?」
「いいえ、そうではなくて」
話がよく分からない。の歯切れは悪かった。
「新魔法の研究って、ものすごくお金が必要なのでしょう?だから、その・・・個人的なことで、お金はほとんど出せないし、ええと・・・」
「はっきり言わなければ、何を言っているのかわからん」
厳しい口調と厳しい視線で、珍しくはっきりしない彼女を責める。
は一度ぐっと言葉に詰まったが、その厳しい視線を正面から受け止めて口を開いた。
「ワープの杖を!・・・ええと?」
一度はハッキリと言いかけたものの、もう一度フリーズ。
「何なんだ!」
「違うの、ごめんなさい。魔法のことは説明するのも難しいものね。もっと勉強しなくちゃ」
そう言われて、エルレーンも気付いた。彼女は説明する言葉に困っているのだと。
「・・・すまない。そうだな。自分の言葉でいい、ゆっくり説明してみてくれ」
彼が落ち着いたことで、の気持ちも穏やかなものに変わる。
自分の言葉でいいのなら。

「あなたが、私といつでも会える魔法が欲しいわ」



は最近読んだ文献で、昔あったという杖の記述を見た。
それは術者が自分自身にかけるワープの杖のようなもので。
「リワープか。聞いたことがあるな」
しかし、ワープの杖も材料の入手困難さ、高価さや耐久性等、多くの欠点がある。
今リワープの研究というのは、かなり厳しいだろう。
「その杖があれば、もっと会えるんじゃないかと思って」
マリク殿がエリス様とご結婚なさるって聞いたら、羨ましくなっちゃって。
は申し訳なさそうに微笑んだ。
「・・・羨ましい?」
彼女の口からそんな言葉が出たことが、エルレーンには意外だった。
「ええ、とても」
「・・・そうか、わかった。その研究は俺が進める」
「本当に?・・・お金、出ないわよ」
「構わん」
自分の為の研究だ、と彼は早速心当たりのある文献を探そうと立ち上がって本棚に向かう。
確かに、リワープがあれば二人の距離は縮まるかもしれない。

何よりも、彼女が「いつでも会いたい」と思ってくれていたということがエルレーンを喜ばせた。
自分は彼女を喜ばせられるような気の利いたことは何も出来ないがせめて、リワープを1日も早く完成させることで彼女の気持ちに応えよう。
テキパキと本を数冊取り出したエルレーンに、がススス、と近寄ってきた。
「あの、エルレーン?」
「どうした」
「今日は私、まだ時間があるの。よかったら、もう少しゆっくりしない?」



彼は手に持った本をドサリとその場に置くと、今考えたばかりのことを、心の中で素早く修正した。

リワープを出来る限り早く完成させることで、彼女の気持ちに応えよう。
けれど今日は、1日だけ、ゆっくりする。

そう決めて、エルレーンは手放した本の束の代わりに、彼を待つの手を取った。