ある日、1本のメールがカナダから届いた。差出人は、1951年に進駐軍の兵士として広島県呉市で任務についた当時の軍曹(78才)からだった。今はゆっくりと生活を楽しむ彼だが、生涯に1度だけ来た日本は忘れられないらしい。任務の他に思い出に残る楽しいこともあったようだが、それは詮索しないでおこう。
メールには数枚の写真が添付してあった。そしてこの場所が分からないかとも書いてあった。50年ほど経った今、ほとんどの山は木が生い茂りこの稜線を見つけることは不可能だ。
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そしてこのどこにでもありそうな古い鳥居のある神社。21世紀の今、この写真を見て分かる人はいるのだろか
しかし運良く「船津八幡神社」であり、呉市広両谷3丁目2番付近と分かった
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この写真、カラーに見えるがモノクロに色をつけたものである
なんだか水戸黄門の一行が歩いて来そうな気がしませんか
「三坂地川」に架かる「稲荷橋」の下流付近の風景
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調べてみると住友銀行だと分かった。戦後マッカーサー総指令部GHQの財閥解体の命令で四大財閥である、三井、三菱、住友、安田の各銀行がそれぞれ名前を変えて財閥傘下からはなれたそうだ。それで住友は大阪銀行と言う名前で10年程営業したらしい。
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後ろに、大阪銀行の看板が見える。
道路にあるのは市電の軌道のようだ
有力な手がかりだが、今はもう大阪銀行は
呉市にはない |
思い出の場所さがし隊
次の写真に写っている、ペニシリンという看板のある薬局に見覚えのある人が、奈良県にいた。彼はたった1回だけその薬局に入ったことがあると言うのだ。
彼の記憶力に驚くと同時に、これは奇遇と言えないか?
9,000キロほど離れたところから来た男が、50数年前に偶然写した1枚の写真。そこに写っていた店に入ったことがある人が私の知り合いにいたとは・・・
これは奇遇と言えないか
「広大新開」の通り 「神垣旅館」は既にない。右端が薬局。
せぴあワールド 2002年11月30日 協力:呉市教育委員会 生涯学習課
広島県呉市
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この新旧二枚の写真を見て気がついたことがある。それは今でも古い松の木が残っていることだ。古い写真の手前から二本目の松だけが今でも生き残っている。 やはり
この場所に違いなかった