路地裏探検 その7

美術館は海の底だった

久しぶりに倉敷の美観地区に行ってみた。いつものように裏通りも歩いてみる。大原美術館から10分程歩くと面白い場所を発見。住宅の間に挟まれて、斜度60度はあろうかと思われる古い石段と大きな岩。今では利用する人もいないであろう崩れかけた石段を上ってみた。上に立つとその場所から南側は一段と低いことが分かる。
住宅街に突如現れる石段 古い住宅地に突如現れたこの大岩
5メーター四方はある
なぜこんな大きな岩が、急な石段が、ここにあるのか?地元の人はここを「海岸跡」と呼ぶ。そうなのだ、昔この場所は島だったのだ。そしてこの急な石段は海につながりその先は瀬戸内海だった。400年ほど前、このあたりは浅い海だったらしい。
急な石段 こんな急な石段も珍しい
降りるときは怖いぞ

道路は車も走るので
転がり落ちると車に.....

見物される方は石段を
上らないほうがよろしい
と思いますが・・・

わずか400年でなぜ海が陸地になったのか。それは中世末期に自然に海水が引いて干潟になったとも、人工的に堤防を築き開拓されたとも言われるがはっきりとしない。しかし大原美術館のある場所は、海の中だったと思われる。
大原美術館
この場所から車で10分足らずのところに源氏と平家の古戦場がある。1184年に、藤戸海峡を挟んで戦われた「源平藤戸合戦」である。この戦で名声を挙げた佐々木盛綱という武将がいる。盛綱は地元の漁師から馬で渡れる浅瀬があることを聞き出し、一番乗りで平家方に攻め入りその名を挙げた。
馬上の佐々木盛綱 源氏の武将、佐々木盛綱が
海の中を攻め込む勇姿
軽自動車と競争する盛綱 盛綱の銅像は橋の上にある
車と競争しているようで面白い
その盛綱が馬で海に乗り出したと言われる場所があり、「佐々木盛綱の乗り出し岩」がそれである。その場所に行って見た。確かに大きな岩がありその岩のすぐ横に盛綱の墓が一つだけひっそりと立っていた。英雄の墓にしては小さく侘しい。
盛綱は、浅瀬の場所を聞き出した漁師を口封じの為殺してしまった。その為、ここでは人気がないのだろうか。しかし、立派な銅像が橋の上に建っていた。
ここが乗り出し岩
盛綱の墓
倉敷観光に行かれる方は、この海岸跡で記念撮影をするもの楽しいのでは?場所は大原美術館のある通を1本北に上がり、本町通を東に徒歩約10分。目印は阿智神社(あちじんじゃ)で、石段は本町通りに面している。道が狭いので車に要注意。

2000/10/04 せぴあワールド 路地裏探検その8 牛窓