泣いているのかと思った。

その細い肩がかすかに揺れていたから。



明るく言ったその声が、とても悲しかったから。


声をかけたかった。
なのに、うまい言葉が見つからなかった。





だから…。








背中 yu-ka@管理人



「奈々さん。さっき…彼が確保されたわ。もう終わったのよ。」
悲しい瞳をした佐藤さんが、
目の前に立つ女性に優しい声でそう告げるのを、
僕は隣で聞いていた。




その女性、水村奈々は殺人を犯した恋人を最後まで匿い
凶器の処理まで行っていた。
何故なら、恋人が犯した罪は自分の為…
自分にしつこく付き纏っていたストーカーを
殺めてしまった事だったからだ。

早くから2人は捜査線上に浮かんでいながら、
犯行の特定には時間がかかった。
動機や状況証拠が動かせない真実を訴えていたのに
物的証拠が何一つ残っていなかった。


最後の鍵は、奈々の証言だけ。
何度も何度も彼女を説得しながら、わずかな言葉の隙間を突き
佐藤さんが導き出したキーワードから
実行犯がつい先刻確保された。

それによって、彼女の罪…証拠隠滅、被疑者隠匿罪も確定し、
僕らは彼女を確保するという任務を背負い、
事件後、彼女が身を寄せている親友、真野美佳子の
自宅マンションを訪れている。






抵抗する様子も無く両手を差し出す奈々。

―――終わったんだ、全て。


静かに手錠がかけられる音を聞きながら
僕は腕時計を見て時間を確認し、メモを取った。



その時。
それを見ていた美佳子が奈々の腕に追いすがり
キッと佐藤さんを睨むと
まるで悲鳴のように怒号を浴びせ始めた。

「アンタ今まで何度もここに来て…
彼女がどれだけ泣いてたか知ってるくせに!
どれだけこの子が辛い思いしてたか…わかってるくせに!!」

奈々は振り向いて「もういいのよ、美佳子」と首を振った。


「さ、行きましょう。」
佐藤さんは美佳子の叫びには何も答えず、
奈々の背に手を添え、1歩2歩と踏み出す。





「親切な顔して、優しい言葉で奈々からうまく情報引き出して…
自分の仕事が出来れば…
手柄さえ立てればそれで良いって言うのね!」



僕は祈るような気持ちで、
美佳子に向けて心の中で叫んでいた。


違う。
そうじゃないんだ。
佐藤さんは捜査の為だけではなく、
君の親友を心から心配していたのに。
いつも話を聞いた後、
本庁に戻ってきて何度も深いため息をついていた。
悲しい表情で報告書を書きながら…。

手柄が欲しいんじゃない。
そうじゃないんだ。

お願いだから…。
それ以上、酷い言葉を彼女にかけないでくれ…!



「最低よ、この人でなしっ!」
美佳子は更にヒステリックに叫んで
後ろから佐藤さんの肩をグイっと掴む。


僕は思わず間に割って入り、その肩から美佳子の手を引き離す。
「よしなさいっ!…公務執行妨害になりますよ。」



僕の願いは届かなかった。


奈々から引き離す僕の手を振り払った美佳子から
佐藤さんに向けて最後に出た言葉は…。

「…恨んでやる。アンタなんか…一生恨んでやるから!」





この言葉を今まで幾度聞いてきただろう。

信じる道を進めば進むほど…
きっとこれからも浴びせられるだろうその言葉。



僕はやりきれない思いで、
泣き叫びながら崩れる美佳子を押しとどめた。







やっと2人の後を追い階下へ降りると、
佐藤さんは既に待機していた警官に奈々を引き渡して
小さくなるパトカーの行方をじっと見送っていた。




僕にはその背中が、小さく震えているように見えた。


「…佐藤さん。」
そう呼ぶと、彼女は前を見たまま
いつもと変わらない調子で明るく言った。
「刑事なんてね、どれだけ恨みを買っているかわからないような商売よ。
イチイチ気にしてちゃ、やっていけないわ。」



彼女と同じ刑事として、僕は知っている。
その言葉の意味も。
そうやって進まなければならないという事も。



…それでも、刑事である前に人間だから。
傷つくなとは言えないでしょう?佐藤さん。


明るい言葉とは裏腹の後姿がとても辛そうだから。


例えそれが刑事らしくない感情だとしても。
その痛みを僕はあなたと半分に分け合いたい。

そう思っても、いいですよね?






だけど…

うまい言葉が見つからない。





だからせめて。

その震える背中を。







こんな時はギュッと抱きしめていたい。







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たとえば、思い浮かんだものを、
何のコンタクトもなく、誰かが描いてくれたなら。
そんなお話でした。
yu-kaさん…ありがとう。
(お題を出したのは、何を隠そう、この私でした)