夕暮れ by yu-kaさん



一仕事終えた僕らは、ビルの隙間を本庁に向かって歩いていた。
時刻はもう6時過ぎ。
歩道には緩やかな人の波が出来ている。

ちょっと疲れたように家路につく年配のサラリーマンや
まだまだこれから遊びに繰り出そうという勢いの若いOL
みなそれぞれがビジネス街での1日を終え、動き出していた。


「今日もなかなか大変だったわね。」
彼女が言った。
「ええ、そうですね。」
と、僕は答える。

「もうちょっとラクにカタが付く筈だったのに…往生際悪いのよ、あの被疑者ってば。」
「でも、佐藤さんの機転でちゃんと確保できましたし。無事解決ですよ。」
「高木くんだって、良く頑張ったわ。お疲れ様。」

そう言いながら微笑む彼女の横顔は
高層ビルの窓から反射するオレンジ色のやわらかい光線に包まれていた。


穏やかな表情と不思議な光の調和があまりに綺麗で
僕は言葉を失ったまま思わずその横顔に見とれる。


「んっ?私の顔に何かついてる?」
彼女は急に黙りこんだ僕がジッと見つめているのに気付く。


そして、大きく目を見開くと小首を傾げて、きょとんとこちらを見た。

その真っ直ぐな瞳に射抜かれ、
僕はまた
ストップモーションの呪文にかかる。


あぁ、もう目が離せない。


声にならない思いはいつもこんなにも溢れるのに
沈黙を持ってしか思いを伝える事が出来ない。

もどかしさにテレ笑いする事さえも忘れたままの僕は
やっとの思いで、「い、いえっ。」とたった一言だけ呟いた。

ふわりと風が吹く。

僕がその風に煽られた前髪をかきあげていると
それを見た彼女が小さく「あ。」と言って立ち止まった。

「ね、この間の傷…もう大丈夫?」
右手が差し出されて僕の髪をくしゃくしゃっと引っかき回す。

「えーと…この辺だったわよね。被疑者に殴られたの。」


まさに不意打ち。


ドキン!と、ひとつだけ、心臓が大きく弾む。

次に鼓動が訪れたらきっと

光を追い越すほどのスピードで。
とてつもない大きな音で。

永遠に高鳴り続けてしまうのではないかと僕は思った。

『だ、大丈夫ですから!』
と、やっと声が飛び出しそうになった時
穏やかだった風の流れが
ビルの間から吹きぬけるイタズラな風と衝突して僕らの間を吹きぬける。


「きゃっ。」

小さな突風に驚き、僕に向かって差し出されていたその手で
今度は自分の髪を押さえながら
彼女はちょっと上目使いでクスッと笑った。
「高木くん…顔、赤い。」


僕は慌てて
「こ、この夕焼けの所為ですよ」とヘタな言い訳をする。


すると彼女は空を見上げた。

「わぁ、ホント。こんなビルの隙間にも沈む夕日が見えるのね。…知らなかったな。」


とてもすごい発見でもしたかのように、夕日を嬉しそうに眺める彼女に向けて、
幾重にも重なるオレンジ色の虹が乱反射しながら注いだ。

…まるでスポットライトのように。


僕は、彼女を見つめていた。

彼女がはしゃいで、ビルの谷間へ沈む夕日を見送っている間中


僕は彼女をずうっと、見つめていた。

気が付けば、
さっきまで足もとで細く長く伸びていた黒い影が
地面にとけこむほど薄い色に変わり、
もうすぐ訪れる夜の静寂を僕らに告げる。

そんなある日の、夕暮れ。



 何気ない日常の一コマ。
そんなものに、
一番の幸せを感じます。
この風景を共に見つめられることが、
二人にとって、かけがえのないものだと。
思わず、この風景の中に、一緒にたたずんでしまいました。
ありがとうね、yu-kaさん…。

>>>