梅雨晴れ

 長雨の続く梅雨空に、予告状を出す羽目になった。
 主催者にとって、宝石の展示なんてものは、天気がどうなんて、関係ないのはわかっているけれど、・・・こっちは月が出ないと話になんねぇ。
 かと言って、次の機会を待っていられるわけもない。
 予告状・・・出してはみたものの、多少うんざりしながら迎えた当日は、驚くほどの快晴だった。
 ・・・運も、実力のうち・・・ってか?
 昼休み、屋上へ上がると、強い日射しが俺をとらえた。
 適当な陰に入り、おもむろに腰を下ろすと、小型無線機で警察無線の傍受、及び天気予報のチェック。
 華麗なショーっていうのは、入念な下準備の上に成り立つもんだ。
 イヤホンから、情報を拾いながら、吹き抜ける風を感じている。
 みずみずしくて、こころもち甘い・・・。 
 雨が降ると肌寒いのに、晴れれば、日射しはもう真夏のそれと変わりない。
 物騒なことしてる俺を、包み込むように吹き抜ける風は、まるで青子の笑顔のように感じられた。

 ・・・!?
 ぼんやり、頭の中で逃走ルートを描いていると、人の気配に気付いた。
 やべぇ・・・と、チャンネルをラジオに切り替える。
 ザァーというノイズが、頭の中を埋め尽くした。
 ・・・青子?
 吹き抜ける風に、長い髪が翻り、それが間違いなく、青子だとわかる。
 胸の奥に、疼く痛み。
 さっきまで聞いていたのは、彼女のたった一人の家族である、父親の声。
 つかまるわけにいかねぇし、そんなつもりもさらさらないから、明日は、又あいつの行き場のない怒りを聞かされる羽目になる・・・。
 自嘲のため息がこぼれたとき、青子が、う〜〜〜んと、伸びをした。

 両手を空に向かって一杯に広げ、まるで、空を抱きしめようとするかのような後ろ姿。
 風でセーラー服が煽られ、夏の薄地のスカートが微妙に翻り、いつもなら、年相応に胸が騒ぐのに、なぜか、そんな気分になれなくて・・・。
 いや、心臓の鼓動はかなり大きくなっているのに、青子のその姿は、不埒な思いが頭をもたげるには、あまりにも眩しすぎて。
 真っ青な空に、とけてしまいそうな錯覚を覚え、俺は、無線のスイッチを切り、ふらっと立ち上がると、今しがた上がってきたのように足音をたて、声をかけた。
 思わず振り向いたときの、大きな目。
 弾けるような笑顔を浮かべると、屈託のない明るい声が返ってきた。
 「気持ちいいね。」
 「あぁ。」
 「雨降ってると、よくわかんないけど、・・・もう夏の日射しだよね。」
 「ん・・・、すっげぇ眩しい・・・。」
 思わず手をかざすと、青子が澄んだ笑い声をあげる。
 「なんかさ、空気がキラキラしてるって感じ!」
 ・・・おめぇも、眩しい・・・。 
 白いセーラーが、太陽の光を目一杯反射して、思わず目を細めてしまう。
 「空がね・・・」
 と、言いかけて、青子が、俺を振り仰ぐ。
 「水を一杯たたえて、どこまでも続いていきそうでしょ?すっごくきれい!」
 そう言って、嬉しそうに見つめるのは、名前と同じ青い空。
 「そ・・だな。」
 その同じ空が闇に染まったとき、俺は「犯罪者」という名の、もう一人の俺となる。
 その落差に、絶望的な思いが広がった。
 
 「あのさ・・・。」
 一人沈んでいた俺に、青子が小首を傾げて話しかける。
 「ん?」
 「なんかね、この前聴いた歌の歌詞に、『遠く離れていても、何をしていても、見上げる空は一つだから』っていうのがあったの。何となく、聞き流してたん だけど、・・・よく考えたら、そうだよね。誰が、どんなときに、どこで見たって、空は空、一つなんだよね・・・。」
 一つ一つ言葉を選ぶように、確かめるように話していた青子の目が、真っ直ぐに俺をとらえる。
 その瞳にとらえられた俺は、言葉もなく引き込まれる。
 そう・・・。別世界のように感じてしまう、青子の空も、俺の空も、確かに空は一つしかなくて。
 吹き出すように、青子が笑い、俺は現実に引き戻された。
 「ね、可笑しいでしょ?当たり前のことなのに、言われるまで、結構気付かないんだよね。こんな当たり前のこと、いつも気付かずに過ごしてるんだねぇ・・・。」
 「・・・あぁ。」
 答えながら、俺の胸はまた違う鼓動を響かせる。 
 「でもさ、気付くとなんか得した気になんない?」
 「まぁな。」
 確かに。空は一つしかなくて。その下に生きてる俺達は、別世界に隔てられてるわけじゃない。
 それは、何も知らない青子が、俺にくれた大切な言葉。ともすれば、冷たく閉ざされがちになる俺の心に、体温をもって静かに降り積もる。
 だからって、青子がもう一人の俺の存在を許したというわけではないけれど、なんだか救われたような気がして、青子を見つめた。
 そんな俺に気付かぬまま、青子はもう一度伸びをする。
 この梅雨の合間の、眩しすぎる青空から吹いてくる、甘く澄んだ風を胸一杯に抱きしめながら。
  
fin
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まともな、青い空が見たいです。
殆ど晴れてくれません。
そして、
晴れる度に驚かされます。
こんなに、空は夏に近づいていたのだと・・・。
('02.06.26)

*画面一杯で見ると、広がる青空が見えます。