*** 張り込み ***


ガチャコン
「さむっ。」
私は自販機から缶コーヒーを二つ取り出した。
空を見上げると、雪でも降ってきそうな天気。
「よりによってこんな日に・・・。」
取り出したコーヒーはコートの襟元から中に放り込む。
胸元が一気に暖かくなり、ちょっと気分が和らいだ。
時計をちらっと見る。
「これ持ってって交代かな。」
そうして、彼の待つそこへと足を急がせる。

とある一軒家の見える物陰に、彼はじっと佇んでいた。
いつ終わるかわからない、「張り込み」という仕事。
ホシが出てくるのは、今すぐかも知れないし、明日かも知れない。
微妙な緊張感を持続させなければならない、刑事の仕事の一つ。
正直、こんな日はちょっと辛い。
でも、これが私の選んだ仕事だから。

「高木君、そろそろ交替。」
声をかけると、彼が振り向いた。
再び視線を元に戻して。
「いいです。このまま、僕が続けます。」
「え?」
そんな答えが返ってくるとは思わなかった。
「車で待機してて下さい。」
「何、言ってんの。少しは休みなさい。」
「僕は、まだいけます。」
いつになく言葉少なに、頑なな口調。
「ちょっと、高木君・・・。」
その時、また彼が振り向いた。
じっとこちらを見つめる顔が、いつもの彼と少し違う。
ちょっと、怒ってる? でも、どうして?
「佐藤さん、具合良くないでしょう。顔色悪いですよ。」
え?  
「そんなことないわ。きっと急に冷え込んできたから・・・。」
視線を元に戻した彼の口が開いた。
「朝から、・・・悪かったです。」
気づいていたの?
「次の交替部隊が来るまで、僕一人で頑張れますから、佐藤さん、車で待機してください。・・・で、何かあったら、すぐ動いてください。」
向こうを向いたままの彼の表情は見えないけれど、私は胸の奥が暖かくなって、いつもより素直になれた。
「わかった。ありがとう。・・・そうだ、これ」
彼はもう一度私を見る。
私はコートの中から、缶コーヒーを取り出した。
「トイレに行きたくなったら、いつでも呼んで。」
「ハハ・・・そうします。」
「じゃ。」

彼は再び、張り込みに戻った。
私は車に戻り、座席に体を沈める。
体の奥で鎮痛剤で眠らせたはずの痛みが疼く。
缶コーヒーをそっと腹部に当てると、暖かさが伝わってくる。
その暖かさは、コーヒーだけのものじゃない。
「高木君、ありがとう。」
痛みは少し、遠のいた。





パタン
車の扉の閉まる音が聞こえた。
「ふぅ・・・。」
体から力が抜ける。
今の、かなり生意気だったかな。
先輩の言葉を退けた。むっとした風を装った。
そうでもしないと・・・あの女性は・・・。

朝見かけたときも顔色が悪かった。
車に乗っているときも、何をしているときも、
今日はどことなく虚ろに見えた。
それでも、いつもと変わらないよう振る舞っているのが
なんだか痛々しく見えた。

気を悪くしてないといいな・・・
ふと、気弱な自分に気づく。
いいや、今日は不愉快になられても良い。
譲れない。
見つめられて、たじろいでしまわないように、
朝からずっと貴女を見てた自分を見られないように、
貴女に背を向けていた。
先輩としての貴女に、押し切られないよう、
なんとしても、貴女を車内で待機させるよう、
わざと怒った風な口を利いた。

でも
「ありがとう」
って、言ってくれたよな。

あの時、自分の顔は赤くなってなかっただろうか。
貴女が胸元からこのコーヒーを出して手渡してくれたとき。
今、こうして手の中に包んでいると
そのぬくもりが貴女自身のような気がする。

暖かいうちに飲んでしまおうか。
ホントはね、佐藤さん。
俺、そんなに寒く感じないんですよ。
この場所にいるこの時間を二人だけで共有している気がして、
胸の中から、暖かい気持ちになれるんです。
貴女と張り込み。
好きですよ、俺。



fin