【 Your name 】 |
「僕、ディーンの名前好きだな」 へ?と思わず素っ頓狂な答えを返す。 と、望まれるままビールを取って戻ってきたサムは、 もう一度ディーンの隣に潜り込んで自分の瓶を開けながら繰り返した。 「呼びやすいし、何て言うか、…響きが綺麗だろ?」 ディーン。 ほら、と言ってサムはもう一度ディーンの名前を呼んだ。 世界中で恐らく誰よりも多くその名を呼んできただろう弟に、 そんな風に嬉しそうに名前を呼ばれて、ディーンは どういう顔をしていのかわからなくなった。 とりあえず、動揺を誤魔化す為に、 「…そりゃどうも」 ありがとよ、と言ってまったく気にしていない素振りでビールを呷る。 だがそれも全く堪えていないようで、サムは クッションに上体を深く預けて転がっている兄の横に寄り添うように寝そべる。 先程まで自分が何度も柔らかくきつく吸い付いてはディーンを甘く啼かせ、 ぷっくりと腫れた乳首のそばにそっとくちびるを触れさせて曖昧に甘え、 「ディーンは?」と聞いてきた。 サムの前髪が胸元に触れるくすぐったさに耐えながら、 胸に湧きおこるむず痒い甘さを押し殺し、ディーンは関心のなさを装って答える。 「は、ってなんだよ?」 「僕の名前好き?」 「…好きもなにもねえだろ」 どんな名前でも、お前はおまえだし、 と言ってもう一度ビールの瓶に口をつける。 サムの名前。 サム。 サミー。 サミュエル。 好きかどうかなど、考えるまでも無くわかる。 ―大好きだ。 この長くも短くもない、何度も死に掛け、 果ては地獄までいき一度は終わったはずの人生の中で どれだけの感情をこめてその名を口にしてきたことだろうか。 からかいと共に口に乗せ、悲鳴と共に叫んだこともあった。 慈しみを喜びを哀しみを怒りを寂しさを そして何よりも誰にも向けた事のない想いを籠めて 目の前にいるときも、いないときでも、 まるで主の御名を唱えるかのように 祈りのように、辛い時にはその名を呟いた。 地獄に落とされてすら、ディーンがすがったのは、 神ではなくサムの名だった。 それは、ディーンにとって世界で一番 特別な意味を持つ言葉。 「――サミュエル」 何気なく呟く。 滅多に――本当に、滅多に呼ぶ事のない、サムの本当の名前。 え、と言ってサムは身体を起こした。まじまじとディーンを見つめてくる。 「な、なんだよ。ちょっと呼んでみただけだろ?お前が、名前の話なんかするから…」 誤魔化そうとする間にも、サムの頬は見る間に赤く染まっていく。 「どうしたんだよ?そんな、恥ずかしがるようなことか?」 ぎょっとして聞くと、 「いや、あんまりそうやって呼ばないからさ。なんか、新鮮って言うか」 口元を押さえてうろたえる様はどこの乙女なんだと突っ込みたくなる。 「そんなに呼んでほしいなら、いつもそう呼んでやろうか」 サミュエル坊や?、とふざけて呼ぶと、やっぱりいい、とげんなりした顔で返す。 「それよりも、さ」 うん?と顔をあげると、ちゅっと唐突に口付けられて驚く。 「だめ?」 僅かに首を傾げて強請るサムが、何を求めているのかなんて聞かなくても分かる。 サムは欲しいものがある時、したい事がある時、 世にも可愛い顔をしてディーンを懐柔するのだ。 柔らかなブラウンの瞳を潤ませて、生まれたばかりの仔犬の様な 澄んだ瞳にじっと見つめられると、 まるで断る事が罪悪のように思えてくるから手に負えない。 言葉に詰まって答えないディーンをどう思ったのか、 少ししょんぼりした仕草でサムは諦めたかのように口を開いた。 「ディーンが嫌なら、我慢するけど」 「嫌とは言ってねえだろ。ただ、お前さっき二回もヤッといてまだ足りないのかよ」 呆れ顔を作って自棄気味にビールを飲み干して 空き瓶をん、と当たり前のように渡す。 と、嬉々としてそれをベッドサイドのテーブルに片付け、サムは近寄って来た。 「…嫌だとは言ってないが、いいともいってねえぞ」 諦めがてらじろりとにらみながら言うと、 うんわかった、とまるで子供をあやすかのように 適当に流して覆い被さってくる。 なのに頭を撫でられて頬に口付られ、腿を擦り合わせる様に べたりと甘える様に抱きつかれた辺りから、 主導権は完全にサムに渡ってしまった。 子供のように体温の高いサムの肌と触れ合うだけで、 眠りかけた欲望がまた目を覚ます。 始めた時の嵐のような勢いは去り、先程の 溶けかけた温かな蜜の中で抱き合うような どろりとした欲情も昇華して、躰は心地よい疲労に包まれ、 どちらかというともう眠りたい。 それなのに、触れられればまだこんなにも愛しい。 今までの、ただ欲情を解消する為に抱き合ってきた関係とのあまりの違いに、 甘い疲労と慈しみに満ちたサムの触れる手に、 感情の持っていき場所がわからず、ディーンは酷くうろたえていた。 「…もう、いいから、やり、たいんなら、とっとと挿れろよ」 わざとぶっきらぼうに言うと、くすりと笑ったサムの吐息が 臍に触れてぶるりと震える。 「萎えさせようったって無駄だから」 余裕満々にそう言われて、くそっと吐いた言葉は、 勃ちかけた敏感な性器がサムの熱い口腔に呑み込まれていく 感触に小さな喘ぎとなって消えた。 今までなら、「何だよそれ、萎えるだろ」といって 気分を害したサムが拗ねて行為は終わりになる筈だった。 なのに、最近のサムはまるで手の上で抵抗し続けるディーンを ころころと容易く転がすかのように簡単に操る。 好きなようにさせるだけで、もう自分は十分だと、 思っていたのにそれでも、サムに触れられれば感じないではいられない。 幾度も裏筋を丁寧に舌で辿り、先端を美味しい飴をしゃぶるように くちの中で転がされる。 下腹に力を込めてサムの舌がもたらす甘美な快感に耐えていると、 そっと尻の狭間にゆびを滑らされてびくついた。 「んっ、も、ソコはいい」 首を振って拒否したのに、いいって、サム…!と怒ったのに、 ディーンを口腔に深く含んだままのサムは ちらりと視線を寄越しただけでしたいことを断行した。 サムのバカでかい勃ち切ったペニスで二度も穿たれた そこはまだ柔らかく腫れ、遠慮も無く押し込まれたゆびを 拒む術をもたない。 唐突に解放されるとごろりと転がされてうつ伏せになる。 文句を言うまでも無くぐいと腰を引き上げられて、 考える事も恐ろしいほど恥ずかしいポーズを取らされていた。 散々擦り上げられて腫れた様な入に焼けるような熱をあてがい、 心の奥底までもを探る様にサムはディーンを暴いていく。 いちどめともにどめとも違う。 深くまでとろけ、ぴったりと弟のかたちを覚えたそこを ぐちゃぐちゃに掻き回され、サムの作り出す波に翻弄される。 「んっ、…サムっ、サ、ミっ、ぅっ」 息を吸うごとに名前を呼ぶ。 救いを求めたそれに、まるで躰で応える様にサムは、 背中を包み込むように深く追い被さり、揺れながらも頬に頬を擦り寄せる。 溢れそうなほど注ぎ込まれる快感に、震えながらサムの名を呼ぶディーンのくちびるを、 いつもと同じものの筈なのに、どこか違うと感じるほど どうしようもなく熱いキスでサムは塞いだ。 “ ディーン…… ” 小さく、軋むスプリングの音にまぎれて聞こえなくなりそうな掠れた声で、 囁かれる。 弟の吐き出した情熱を躰の奥深くで感じながら、 ディーンは胸の中で答えを返す。 ―サミュエル 穢れ無き聖者とおなじ 美しい、お前の名前。 END 091111 |