【 Turning point 】 |
天井の高いゴシック調の教会の床には、 ステンドグラスから差し込む明るい日差しがうつくしく模様を描いている。 オーソドックスながら、高い人気を誇る歴史ある教会には、 近しい友人と親族が集まり、バージンロードを歩く 今日が盛りとばかりに磨き上げられた花嫁が ゆきすぎていくのをベール越しに見守っている。 花嫁の腕を受け取り、ジェンセンは牧師の―神の前に立った。 パイプオルガンの音は止まり、牧師が聖書の朗読を始める。 それを静かな思いでジェンセンは聞いていた。 誰もが自分を幸福の絶頂にあると思うだろう。 オファーがこなし切れないほど来はじめた、順調過ぎる仕事。 信頼のできる友人に温かな家族。 そして、今日永遠の愛を誓い合う、隣には美しい花嫁。 けれど、ジェンセンの心はここにはなかった。 向いている場所はただひとつ。 親族のすぐ後ろ。 もっとも親しい友人が座る席にあいつはいる。 視線を感じる。 きっと、俺の背中を見ているのだろうと、ジェンセンは思った。 婚約する、と言った時、あいつは止めなかった。 驚いた顔をしたけれど、おめでとう!と言って、まるで普通の親友のように 喜んだ。 だから、もうこの関係は、終わりなのだとジェンセンは思った。 ―――どんなに、自分が彼を想っていたとしても。 ぼんやりと説教を聞いていると、ふいに語り終えたのか 牧師はお決まりのことばを周囲に向かって問うた。 「この結婚に異議のある者は―――」 「はい」 有り得る筈もない返事に、教会内が一瞬ざわつき、 その声の主に気付いて笑いが溢れた。 花嫁も笑っている。 手をあげ、立ち上がっているのは、 ダークグレーのスーツに身を包んだジャレッドだった。 「おいおい、こんなときまで冗談かー?!」という冷やかしにも答えず、 すい、とバージンロードに出ると、ほかの何にも目もくれず、 彼は数段上にいる、ジェンセンの目の前まで歩を進めた。 それが、式の余興でもなく、ジャレッドの顔に 笑みのない事にようやく気付いたのか、 会場は唐突にしんと静まり返る。 「僕は、異議がある」 小声で言ったジャレッドは、他の何をも見ず、 ただ茫然と振り返ったジェンセンだけを居抜く様に見つめている。 その真剣過ぎる目の色に、ジェンセンは、 呆然としたまま口を開いた。 「……本気か」 「冗談でここまで上がってはこられないよ」 その目の色に浮かんだ想いを汲み取り、 一瞬だけ目を閉じると、 ジェンセンは覚悟を決めた。 一瞬だけ花嫁を振りかえり、呟いた。 “ごめん”という言葉を投げかけられた花嫁は、 ぽかんとして目を見開いている。 「…いくぞ」 小さく声を掛けて、すこし驚いた表情の ジャレッドの腕を掴んで駆け出す。 ざわりと教会内が驚きにざわつき、ジェンセン、 という何人かの声が追い掛けてくるのも構わずに、走った。 車に辿り着くと、首を締め付けるタイを引っこ抜いて ジャレッドが乗り込んだナビに放る。 慌ただしくエンジンを掛け、 アクセルを踏み込んで車をUターンさせる。 教会からとびだしてきた友人の姿が見えたが、 アクセルをさらに踏み込んでハイウェイを目指して走り出す。 怖いくらい真剣な顔をしたジャレッドが、 隣から覗き込むように聞いてくる。 「ジェン、いいのか」 「いいもなにも、お前が、意義があるって」 いいかけて、違う、とジェンセンは思い、言葉を切った。。 一歩を踏み出したのはジャレッドだったが、 決意してこいつを連れ去ったのは、自分なのだ。 「お前が――― 信号待ちに一瞬ブレーキを踏み、車が止まり切る前に ジャレッドの方へと顔を向ける。 その表情に、ジャレッドは目を奪われた。 そこには、全てを捨ててジャレッドを選んだ男の顔があった。 それは、つよく、哀しく、そしてうつくしい顔だった。 “お前がそう言うのを、ずっと待ってた―――” その言葉に、一瞬だけわずかに触れた 慣れ親しんだ愛しいくちびるの感触に、 自分は間違っていなかったのだと。 まだ遅くはなかったのだとようやくジャレッドは悟った。 映画じゃあるまいし、こんな逃避行。 もう、二度と戻ることは適わない。 けれど、ジェンセンの表情はふっきれ、 どこか清々しささえも感じさせる。 彼の視線の先には、晴れ渡った青空のもと、 何処までも続く海岸線の道がはるか遠くまで見渡せる。 ジャレッドは目を閉じた。 一瞬だけ口付ける寸前に囁かれた言葉は、 耳よりも深く心にしみる様にして 永遠に残り。 この先のどんな苦難でさえも、自分達を乗り越えさせる 力になるのだろうと、ジャレッドは思った。 091111 |