【 雷鳴が聞こえる前に 】 【9】 |
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Remainder
3 day
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ディーンは、モーテルで一人目覚めた。
今日はサムを迎えに行かなくていいというのに、いつもと同じ時間に目が覚めてしまった。
一度起き上がり、そうしてもう一度ベッドの中にボフンと潜る。
―何となく、何とかなる気がしていた。
他の誰かならともかく、サムならば自分の事を思い出してくれる気がしていたのだ。―昨日までは。
だが、昨日の別れ際のサムの拒絶するような冷たい態度に、ディーンは初めて、もしかしたら思いの外これは難しい事なのかもしれない、ということを悟り始めていた。
ボビーからの連絡は昨日来た。サムから、自分に兄がいるのではないか、という問い合わせがあったらしい。多分サムがこの前見せた家族の写真のせいだろう。
ボビーが調べた記憶喪失の記録によると、人からどんなに以前の記憶を話されるより、自分自身で不思議に感じ、思い出そうと努力して動き回るほうがずっと記憶が戻る確率が高いという。
サムの記憶を取り戻す為のトリガーは引かれた。
あとは自分で思い出そうと行動するだけなのだと。もう少し時間はかかるかもしれないが、焦れずにサムを信じて待とう、というボビーに、「あまり、待っていられる時間はないんだ」、と誤魔化すように言い、問い詰めようとするボビーにまた掛けると言って切った。
既に自分で動く分には八方塞に等しい。調べられることは調べ尽くし、専門家に対策を聞いて、ターゲット―サムだ―にも必要なだけアタックしている。
今までの狩りでやってきた経験と手順で、でも、サムの記憶を戻せる画期的な方法は何一つ見つからなかった。
もう一度同じ衝撃を与えるという方法もあるにはあるが、それは最後の手段だ。あの落雷がサムの記憶を奪ったというのなら、もう一度、一億ボルトもの衝撃を与えなくてはならない。落雷に遭って生き残れる確率はすぐさま的確な蘇生術を施しても20%前後だと言われている。例え思い出してくれても、万が一サムが死んでしまったりでもしたら本末転倒だ。
そんな危険な方法をとるぐらいなら、とディーンは残り二日にして僅かに諦めの意を見せ始めていた。
二人で狩りをしていた時は、救いようのない事態に陥っても、最後の一秒まで諦めようなんて思う事は絶対にしなかった。だけれども一人きりの戦いは物理的にマンパワーが足りないというだけでなく、精神面での支えが無く、その不足が諦めを誘う。1人+1人は2人ではなく∞で―人間は一人では生きられない、つくづく弱い生き物なんだとディーンは身をもって実感させられていた。
これ以上出来ることも思い付かず、日が暮れるまで不貞寝をして、それから空腹を感じて近くのダイナーへ食事をしに出かける。
味気ない食事を終えても冷えたモーテルの部屋に戻る気にはなれず、ダイナーと同じ通りのバーへ足を運び、ひたすらウィスキーをストレートで煽った。
こんな日に限って気晴らしにやったポーカーもやたらツイていて、詐欺を働くまでもなく勝ち捲る。だが金ではサムの記憶は、ディーンの命は買えない。いくら勝っても気持ちは全然晴れる様子もなく、テーブルで一人勝ち抜けるディーンに、イカサマじゃないのかと疑う輩もいたが、今日は皮肉にも正々堂々とポケットの中身を出す事ができた。
「ずいぶんポーカーが強いのね」
呑み直そうとカウンターに戻ると、ニッコリ笑って顔を寄せてくるキュートなブロンドのウェイトレスに秋波を送られる。
ぷ るんとした白い胸の谷間をちらりと見ながら、いつものディーンなら、「強いのはポーカーだけじゃないんだけどな?」とかなんとか昼間ならアホに聞こえるようなセリフで口説いたりもするところだが、今日ばかりはそんな気にもなれず。あぁ、でももう今日は店じまいにするよ、と軽くウィンクして一杯だけ呑むとバーを後にした。
誰もいない、暗いモーテルの部屋に戻る。
シャワーも浴びずに、靴と上着とジーンズを脱いで、ドサッとベッドに倒れ込む。
うっすらと目を開けて横を見ると、ベッドメイクされた空のベッドがしんと横たわっている。サムはいないのに、ついいつもの右側を使ってしまう。二人の時は、いつもサムが左、ディーンが右側のベッドを使うのはいつの頃からか暗黙の了解の決まり事だった。
折角の女の子を振って一人になっても、考えるのはサムの事だけだった。
誰かに傍に居て欲しかったけれど、サム以外の誰かと寝ても、ただサムを思い出すだけだと分かっていた。だから、今夜は一人でモーテルに戻った。
特に夜は辛かった。一人きりの宿は否応なしにいつも隣にいた誰かを思い出させる。―何をしていても、何もしていなくても。
サムは、あんなに綺麗さっぱり自分の事を忘れて狩りから足を洗った人生を謳歌しているというのに。
―今度こそ、もしかしたら駄目なのかもしれない、とディーンは思う。崖っぷちなことは今までにいくらもあった。だけれども、そんな時いつも隣にいたサムはいない。いるけれど、あのサムのなかに、自分はいない。今死ぬとしたらディーンは誰にも見取られず、嘆かれることもなく、たった一人で死ぬしかないのだ。
その死は、サムを悲しませることもなく、慰める必要もなくて。そうして独りきりで逝くことは案外と楽なことなのかもしれないけれど―それは、想像することもできないくらい孤独な終末だった。
“ディーン…”
熱い体躯で激しく抱き締められた時の事を思い出す。
また、ああして何も言えなくなるほど、この不安を掻き消すほどに強く抱き締めて欲しい、とディーンは心の底から願った。
“ここ…いいの…?”
後ろから突き上げられて、耐え切れなくて喘ぎを洩らすと、気付いたサムに執拗にそこを捏ね上げられた。脳髄に手を差し入れられて直接撫でられるような、そんな快感だった。出しもしないのに何度も達するような衝撃が訪れた。
あの時の快感を思い出して、思わず自分の前にそっと手を這わす。ボクサーパンツを少しずらして熱の灯り始めたそれを握り込む。
“可愛い、ディーン…イっていいよ、ホラ…だいじょうぶ… ”
耳朶を舐めながら囁きを塗り込めるように、張り詰めた前を大きな乾いた手で包まれる。揺らされながら先端をぐりっと強く刺激されて、子猫のような甘えた声で吐き出した。
華奢でもなくガタイだっていい方のディーンを容易く包み込み、子供のように操る鍛え上げたサムの逞しい肉体に翻弄される。弟のくせにこの野郎、と思いながら、何故かそのことが逆に酷く快感を呼び起こした。
脱力した身体を抑え付けられて、激しく抜き差しされ容赦なく体内に思い切り熱いものを吐き出された―その記憶を辿りながら、前を擦り、そっと後ろに指を這わせる。サムに蕩かされることのないそこは、固く閉じていて、自分の指ですら挿入を拒んでいる。
ゆびを舐めても挿いりそうになく、入口をしつこく舐められた時の記憶を思い出しながらソコを擦り、前を扱きながら切なく呻いて、ディーンは自分の手の中に零した。
達しても、背中を包んで抱き締めてくれる腕はない。
荒い息が引いていくとともに、久し振りの自慰は砂を噛むような虚しさと疲労感だけが残った。
―独りきりでこんな訳のわからない状態のまま、死ぬのは嫌だった。せめて、サムに思い出してもらってから死にたかった。
―矛盾している。サムを思い出させることが出来れば、自分は死なずにまたサムと旅ができるのだ。だが、ジェスと一緒の、幸せそうなサムを思い出す。―もしかしたら、あいつは俺が消えた世界の方が、幸せなのかもしれない。俺さえ迎えに行かなければ、ジェシカも死なず、サムはこのままで明るい世界に棲んでいられたのかも―
そんな風に考えていたら、いつしか酒で温まっていた頬がひんやりと冷たくなってきた。
世界に、ぽつんと自分だけがとり残されたかのような壮絶な孤独感に苛まれる。
どうしようもなく、サムの腕が恋しかった。
あの、無駄な程に鍛えた逞しい腕に息もつけないほどに強く抱き締められたかった。愚かな事だが、失ってみて初めて、どれだけ自分がサムに依存していたかを思い知った。
「サミー……」
どうか、思い出してくれ、俺を――
でないと、俺は――…
息を殺して、固く目を瞑る。
自分の涙でしっとりと濡れたままの枕につっぷして眠る夜は、ただ寂しくて虚しかった。
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