【 雷鳴が聞こえる前に 】
【8】















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Remainder 4 day

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ここ数日、サムは毎日のように長い夢を見ては、よく眠れずにいた。

毎晩夢に出てくるのは、同じ人物のようで。とても親しい相手なのに、それが誰なのかは思い出せない。

昨夜は、必死にその相手に、自分の想いを伝えていた。口説いているというには切ないぐらいに、真摯に愛を乞うていたように思う。相手からの応えは―良く分からないが、芳しくなかったような気がする。思い出せないけれど、ただその相手が、ジェスではないことだけは確かだった。

夢の中では誰なのか理解しているようなのに、目覚めると忘れている。夢までは意志で制御などできないけれど、同棲中の彼女がいるのにそんな夢を見るなんてと、自分ではどうにもならないその事に、サムは次第に苛立ち初めていた。

 

 

「寝不足か、シケた顔して。どうした?」

 からかうように言われて、うん、ちょっとと目を擦りながら車に乗り込む。

 走り出す車の中でサムはぽつりと口を開いた。

「昨日ちょっと用があって…すごく久し振りに父親に電話を掛けたら、全然繋がらないし、留守電に入れても返事も返ってこないんだ。

なんか、大事な時に、いつも連絡がつかないんだよな…」

 本当にいつも自分勝手でさ、と投げ遣りに言ってみる。

まさかと思いながら、サムはディーンに軽くカマをかけてみたつもりだった。

 本当は父に連絡などしていない。しても、ケンカになるだけでまともな答えが返ってくるとは思えないからだ。

 すると、運転をしながらディーンは、少し硬い表情になって言った。

「…親父さんの事を、そんな風に言うもんじゃないぜ。親には、長く生きてきた分いろいろ事情ってもんがあるんだ。子供を育てるって言うのは、想像以上に、えらく労力のいることなんだぜ」

 その、物のわかったような言い方に、カマを掛けた事も忘れてサムは堰を切ったように言葉を叩き付けた。

「…うちの親父は、特別なんだ。普通じゃないんだよ。他の家の子供を第一に考えるマイホームパパとは訳が違う。自分の目的が第一で、それ以外の事は全部二の次だ。…知りもしないくせに、そんな風に言われたくない!」

 そう言い切って黙ると、ディーンはしばらく何も言わなかった。

しばらくして、おせっかいだったな、悪かった、と呟く。

彼から折れてくれたのに、別にもういいよ、と意地を張って吐き捨てるようにして言う事しか、今のサムにはできなかった。

車内には微妙な沈黙が続き、いつも通り門の前に車は停まった。

 ありがとう、と呟いた後、

「…明日は、大学に行かないから迎えはいらない」

今日の帰りも遅くなるから自分で帰るよ、と言って返事も待たずに車から降りる。

 言われた瞬間のディーンが一瞬傷付いた表情を見せた事に、気付いても、戻って謝る事はサムには出来なかった。

 

まだ停まっている気配のするインパラを振り返ることなく学内を歩きながら、サムは昨日の写真の事を思い出していた。あまりの驚きに、酒も飲んでいないのに、あの後ディーンとの会話もどうやって帰ったのか記憶すら曖昧だ。

あの写真に写っていたのは、若い時の父だった。間違いない。そしてもう一人はディーンらしく。そして、彼の弟というサムの姿は、数少ない自分の幼い頃の写真に、酷似していた。

だが、3歳だというその頃の記憶が、サムにはまるでなかった。

物心ついた頃には父と二人で旅をしながら魔物を狩る生活で、半分くらいの時間をジム牧師に預けられて過ごした。思い出すのも嫌なくらい寂しい子供時代だった。祖父母も親戚も既に居らず、助けてくれる僅かな知人を頼って親子は生きてきた。

サムはまさかと思いながらも、ディーンの存在について疑問に思い始めていた。

彼は確か26と言っていたから、サムとは四つ違う。もしかしたら、彼は―サムが生まれる前の、両親の子供―サムの、兄――なのだろうか?

母は死んだと父は言っていたけれど、それは嘘で。まさか離婚をして、もう一人の子供と二人で暮らしていたのだろうか。

―いや、そんな筈はない。母が殺されていなければ、全てを投げ捨てて父はあんな風に人生を懸けてまで狩りをすることは出来ないだろう。墓だってある。そこまでの偽装工作をする必要はない筈だ。そうだ、母は確かに亡くなったのだ。

じゃあ、まさか、母以外に父に女性がいたのだろうか?あんなに愛していたのに?―それも想像し難い。

一番あり得そうなのは、母が亡くなった後、子供二人の面倒を見切れずに片方を養子に出したという説だが、そうするのなら幼いサムの方を出すのが一般的だろう。だが、何か事情があって兄の方を養子に出し、その子供がディーンだというのなら全てに辻褄が合う。

顔はサムとはあまり似ていないような気がするが、髪の色も目の色も近い。父親の濃い睫毛や、服装や音楽の趣味と、ディーンのそれは考えてみると驚くほど似ている。

―わからない。父の事が。そして、ディーンの事も。

そうなると、彼が弟を探していると言うのは、口実でもなく、まさか、―サム、自身の事なのだろうか。

だったら、図書館や学内をうろつく事も無意味だ。

彼は、一体何をしにサムの前に現れたのだろうか。

 

どうにも耐えられず、昼に食事をとった後、サムはボビーに連絡をしてみた。彼はすぐに出て、明るく応対してくれた。

挨拶の後、単刀直入に勇気を持って聞く。

「ボビー…教えて欲しいんだ。もしかして、僕には、………本当は、兄弟、がいたり、する…?」

ボビーが息を呑むのが分かった。思い出したのか、と聞かれる。

「思い出したって、何を?もしかして、僕は、昔彼と一緒に住んでたの?彼のこと―ディーンのことを、ボビーは知っているのか?

彼は、僕の実の兄なの?母さんと、父さんの子供?それとも、まさか別の女性に父さんが産ませた子供なの?!」

 息せき切って溜まっていた疑問を全てボビーにぶつける。

 静かに聞いていた彼は、深くため息をついて口を開いた。

「思い出した、わけじゃなさそうだな…」

落胆したように言うボビーに苛立ちを覚える。続けて口火を切る前に、ボビーが重い口調で告げた。

「それは、お前自身が思い出さないといけないことなんだ。

誰に教えられても、それは無意味だ。

お前自身の手で、思い出すんだ、サム」

俺はお前達の幸運をずっと祈っているよ、そう言われて、サムが口をはさむ前に通話は切れた。

 

―訳が分からない。

ボビーも、父も、……そして、ディーンも。

唐突に突き付けられた難題に、明るい笑い声の響くキャンパスで立ち止まり、サムは頭を抱えてしゃがみこむ。

何を忘れているのかすら分からないのに、思い出せと言われてもどうしようもない。しかも、それが物心つくや否やの幼い頃の記憶なら尚更だ。

最後に見た、ディーンの縋るような目の色を思い出す。

ボビーの言葉も。

皆がサムに何かを託している。そんなものは自分には受け止めきれない、投げ遣りにサムはそう思った。












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