【 雷鳴が聞こえる前に 】
【5】















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「う――――…」

パソコンで検索した結果をプリントアウトした束と、積み上げた本の山に囲まれてディーンは唸っていた。

知らない人間が見たら、必死に勉強している真面目な大学生―に見えなくもないかもしれない。―少しばかりとうがたっているが。

とりあえずいつものようにまずは敵の正体を暴かねばならない。ディーンは最も手近なスタンフォード大の図書館へ向かった。

大学の図書館は学生か関係者かでないと入れませんと言われたが、そこを何とか、と粘っているうちに、対応していた司書のブラウンアイズが綺麗なエイミーと親しくなり、明後日のランチを一緒にする約束で、明後日まで有効なビジター用のパスを作ってもらえた。

そうして広過ぎる図書館の中で「記憶喪失」に関する事例や病例、回復例などを手当たり次第に探しまくった。

人に当たって捜査をするのは得意だが、正直言ってこういう地道な作業は苦手だ。いつもなら、パソコンオタクなサムが手際良く検索しては答えを探りだしてくれているのに―――

ぶるっと頭を振る。自分を戒めた。

その、サムを取り戻すための戦いなのだ、これは。愚痴っている場合ではない。

脳科学や心理学に関する分野は、IT化が進んでいるスタンフォードでもまだ書籍のままのものも多い。集めた分厚い本の山を集中して崩していく。頭をフル回転させて、必要なところだけコピーをし、いらないものは脇に避けていった。

一番役に立ちそうな記憶に関する脳科学の本をコピーし終わった後、ぱらぱらと繰っていたページの最後に、ふと手を止めて著者の略歴のページに見入る。

「スタンフォード大学心理学部教授テリー・ウィグラード」

脳科学。心理学。両方の専門家。少し考えてからそのページもコピーする。いい加減調べ物をし過ぎて頭が重くなってきていた。  

時計を見ると昼近い。連続して頭脳労働をするには限界だった。

少し外に出て何か飲むか、と思って立ち上がると、チャッチャッチャー、と携帯が聞き慣れた着信音を鳴らす。場違いなメロディーに周囲の視線が一気にディーンに集まった。

眉を上げて慌ててガサガサとプリントアウトの束を掻き集めながら、ディーンは小声で通話ボタンを押した。

「…ハロウ?」

 

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『―ボビー、教えてくれないか。

失われた記憶を取り戻すには、どうしたらいい?』

自分が、二年後の未来から来た、と言えば話がややこしくなるのは目に見えていたから伏せておく事にした。

細かく説明するには時間がないんだが、サムは、悪魔か死神のような魔物の仕業によって、ディーンに関する記憶だけを失っている。そう簡潔に事実だけを告げると、ボビーは驚き、敵を罵りながらも、経験上彼が知る記憶に関する知識を分けてくれた。

いわゆる病的な一時性の健忘症ならば一晩眠って治る可能性もあるらしいし、記憶が消えた時と同じ衝撃を与えれば戻る場合もあるが、それはかなりの危険を伴う。

だが、今回のこれはおそらく状況から―ほぼ悪魔の仕業であることは間違いない。

だが、悪魔が魂ではなくて記憶だけを持っていくということは今までに例として殆どない。多分、魂の全てでなければ、奪っても悪魔的においしさに欠けるものなのだろう。

―ならば何故、あの悪魔はサムからそんな中途半端な奪い方をしたのか。

決まっている――ディーンの、魂が欲しかったのだろう。

あの時はサムを助けることに夢中で、何も考えられなかったが、今なら分かる。

 

記憶の戻し方は俺も調べてみる。戻らなかったら、サムも交えて―打ち明けても理解するかどうかはわからないが―話し合ってみよう。最悪、その記憶を持って行った悪魔を探し出して荒療治という手もあるし、ミズーリが何かいい方法を知っている可能性もある。

気を落とすなよ、といってボビーは電話を切った。

 励ましてくれたボビーには、この記憶喪失を取り戻すのには期限がある事は、言えなかった。

 言えばボビーがもっと急いでコトの次第を調べ、そしてもっと真剣になってくれるのは分かっている。だが、取り戻し方さえ分かれば、相手はサムだ。きっとどうにかなる筈だという思いがあった。大丈夫だ、サムは思い出す、きっと。

 いくらサムを助けてくれたからと言って、一週間以内にサムの記憶を取り戻せなければ、自分が死ななければならないだなんてふざけた契約だ。今までにいくらも酷い事はあったけれど、人生ベスト3に間違いなく入るくらいには最悪な話過ぎる。

見上げれば空はこんな冗談みたいな現実が信じられないほど爽快に晴れ渡っているし、広い大学の構内にはそこここに青春を謳歌する若者達がのんびりと歩いたり、芝生に寝そべったりしていて、こんなシュールな問題に日々立ち向かわなければいけない自分こそがこの現実の中にぽかんと浮かんだ悪夢のような気さえして。

ディーンは、舌打ちをして、深くため息をついた。












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