【 雷鳴が聞こえる前に 】
【4】















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 だだっ広い構内を横切って面接の部屋へと向かいながら、一時立ち止まると、サムは深く息を吐いた。

これまで、友人達が遊び呆けている間にも、寝る間を惜しんで必死に勉強してきた。反りの合わない同級生にはあいつはつまらない奴だと陰口を叩かれたこともある。

何を言われても堪えなかった。自分には、目標があったからだ。

事前の試験では自分の力を十分に出せたと思う。

面接でさえ酷いコケ方をしなければ、奨学金が貰える筈だ。

『あなたなら大丈夫!』

ジェスの笑顔が瞼の裏に浮かぶ。

そうだ、きっと大丈夫―――すんでのところで車の故障で間に合わないかと思った試験にも、親切な人のお陰で余裕をもって着く事が出来た。今日、僕はツいてる。

送ってくれた―ディーン。彼には後でお礼をしなくては。

深呼吸しながらそう思い、再び会場へ向けて歩き出そうとした時。ポケットの中の携帯がピリリリ、と鳴り始めた。

面接の前には携帯も切って置かなくちゃな、そう思いながらとりあえず出る。

「サムか?ボビーだ。久し振りだな、どうだ、変わりないか?」

ジェスか他の友人を思い浮かべたサムの耳に、予想外にも父の友人のハンターであるボビーの穏やかな声が聞こえてくる。

だが、彼からの電話が嬉しくない訳ではない。サムはボビーを、ある意味では父より身近に感じていた頃すらあったぐらいだった。

「ヘイ、ボビー!あぁ、僕の方は問題ないよ。ボビーこそ、変わりはない?」

「実はな、数日前からジョンと連絡が取れないんだ。ネブラスカで大掛かりな狩りをしているのは聞いていたんだが…お前さん、何か聞いていないか?」

ジョン、という父の名前を聞いてサムは眉を顰める。

「…父さんとは、大学に入る時からもう4年も連絡を取っていない。また深追いしてるうちに携帯の充電が切れちゃったとかじゃないかな」

「また親子のくせにお前達は…!ジョンはあの通り口下手な男だが、心からお前の事を心配しているんだぞ。兄貴だってそうだ。まだ若いお前さんに分かれ、というのが難しいのかもしれんがな…」

急に淡々とした口調になったサムにため息をつきながらボビーは諭すように言う。

「兄貴?僕に兄はいないよ」

ボビーは何を言っているんだろう、とサムは少々不安に思う。何か勘違いしているのか、それともまさかと思うがボケたのか?と思うがまだまだ彼はそんな年でもない。

サムは生まれたときから一人っ子だし、兄貴分と言えるような人物も思い浮かばなかった。

「こんちくしょうめ!ジョンだけでなく兄貴とも音信不通か!?いいか、お前さんは一人で生きてるつもりでも、人間は一人だけじゃ生きられないんだ。必ず家族の有難味が分かる日が来る。その時に後悔しても遅いんだぞ?」

「ボビー、僕は今から大事な面接なんだ。ごめん、また後で掛け直してゆっくり聞くから―」

「あぁ、悪かったな、突然。何か困った事があったらいつでも連絡するんだぞ」

訳のわからない事を云いつつも、最後はボビーらしく締めくくって電話は切れた。彼の方が父より余程常識を理解しているし、頼りにもなる。

いつでも家族だからという言い分で自分の都合を押し付け、サムの言い分など何一つ聞いてはくれなかった父親より――。

ぶるぶるっと頭を振って気持ちを切り返る。

今度こそサムは面接会場へと向かって小走りに駆け出した。

 

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考えた末、電話を掛ける。2コール目でボビーは出た。

「ボビー?ディーンだ」

「おぉ、今ちょうど電話しようと思っていたところさ。お前さんも変わりはないか?」

大有りだ!!と叫びたいところだったが、何も悪くないボビーに当たってもしょうがない。

「あぁ、まぁちょっとした事故はあったけど、とりあえず生きてるよ。―電話くれようとしたって?」

事故!?と慌てるボビーをスルーしてまずそっちの用件から、と言うと、ボビーは大きく息をつきながら言う。

「まったくこの親子は、誰もかれもマイペースだな!こっちの用っていうのは、ここ数日ジョンと連絡がつかないんだが、お前さんは今、ジョンと一緒に行動しているのじゃなかったのか?」

「父さんか…父さんは、…今は別行動をしてるけど、大丈夫だと思うよ」

しばらく考えた後、ディーンは呟いた。

これが二年半前の行方不明の事なら、父は大丈夫だろう。

この後、兄弟は父と合流して、共に母さんを手に掛けた悪魔に立ち向かう事になるのだから。

だが、それを知らないボビーに説明するのは難しい。

「あー、こっちも連絡はつかないんだが、しばらく留守にするが大丈夫だっていう伝言を受けてる。心配無用だって」

胡散臭い言い方にならないように言うと、それを信じてくれたのかボビーはそうか…と返す。

「まあ、無事ならいいんだが…ところで、事故ってのは一体何があったんだ?」

父などより余程心配性のボビーをこれ以上心配させるのは得策ではないのだが、他に頼れる者もいない。

しかたなく、ディーンは覚悟を決めて口を開いた。

「あー…実は、サムの事なんだが…」

「サムか!さっき電話をしたが、元気そうだったぞ?用があるからって切られちまったが…」

「その、サムなんだけど…実は、ちょっとした事故で、ある記憶を―失ってしまっているんだ」

「記憶だって!?さっきの電話の感じじゃおかしなところはなかったが…あぁ、だが変な事言ってたな。『僕に兄貴はいない』とか…俺はまたお前さんとケンカでもして意地を張ってるのかと思ったんだが……」

言葉を切ると、思いついたように、まさか…と、ボビーは呟く。

「―その、『まさか』なんだ」

なんだって!?とボビーが悪態をつく声が聞こえる。

おかしなことが起きた時にすぐに信じてくれる知り合いがいた事を感謝しながら、たまには特異な環境も役に立つもんだとディーンは内心で小さなため息をついた。

 












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