【 雷鳴が聞こえる前に 】 【3】 |
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Remainder
7 day
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ハッと一瞬落下するような不快な感触で、ディーンは目覚めた。
瞬時に身構え、周りを確認する。ここは、見慣れた、―インパラの、運転席だ。
懐を確認する。銃もある。
落ち着いて自分の身形をよく見ると、さっきまでの豪雨の痕跡はなにもない。着ていた服すら違っている。
―サムは?サムはどこだ、と思った瞬間に、あの豪雨のなかでの出来事を思い出した。
サムは、ほぼ完全に、心臓が止まっていた。不安感にざわざわと胸の中が揺れ始める。
あの男――
『サムを助けてやる、その代りに―――』
車外に目をやると、そこが街中だということに気が付く。
しかも、道を挟んだ向かいにあるレンガ造りの建物に、ディーンはどこか見覚えがあった。
しばらくして、そこは二年半前、行方が分からなくなった父親を一緒に捜してくれとサムを迎えにきたアパートだと気付く。
ジェシカとサムが、一緒に暮らしていた―――
どうしたものかと考え込んでいると、一階のドアからサムが駆け出してきた。
―――サム!!
心臓がどくんと脈打った。
深く安堵の息を吐き、自分自身の手をギュッと握りしめる。
生きている。元気そうだ。身体もどこも怪我していない。あぁ、良かった…
馬鹿みたいに目を見開いて道の向こうに立つ長身の無事を確認する。
そんなディーンに気付くはずもなく、三階の窓から手を振るジェシカを見上げて、サムが手を振り返す。
―ジェシカも、生きている。
ディーンは男の言った言葉を思い出す。
サムは、心なしか現在より少し幼く見える。
この世界は、もしかして―――ジェシカの生きていた、二年半前の世界、なのだろうか?
脳をフル回転させながら、サムを目で追う。
だが、ジェシカが顔をひっこめた後、勢いよくスタートしたサムの車は、すぐそこの角も曲がらないうちに、何故か不自然な挙動で止まってしまった。
何度もセルを掛け直すが、うんともすんとも言わない。
shit!とバン、とハンドルを叩いてサムは顔を伏せ、時計を見て顔をしかめている。
それを見て、ディーンはインパラを徐行させ、サムの後ろにつけて、ヘイ!と窓を開けて声を掛けてみた。
あの男の言ったことが本当なら、サムは―
半信半疑のまま、困ったように車から降りて来たサムを見つめる。サムは、申し訳なさそうな顔で自分の車を差した。
「すいません、故障みたいで…申し訳ないけど、避けていってくれますか?」
全く見知らぬ他人に説明するみたいに。
丁寧で、他人行儀な言い方で。
サムはディーンに向かって困惑した微笑を浮かべながら言った。
その衝撃を何とか押し殺し、ディーンは前の車に目をやる。
「そいつは大変だな。脇に寄せとかないとぶつけられちまうぜ?」
良かったら手伝うけど、というと、ありがとう!頼めるかな?と好青年らしい爽やかさでにっこりと笑う。
他人から見たサムは、こんなに真面目そうないい人なんだな、とぼんやり思う。
そうだ、サムには昔から自然と人に好感を抱かせる質だった。
―俺にはあんなに我儘でガンコで横暴なくせに。
胸の中で思いながら、車を降りて、サムが運転席に乗ってサイドブレーキを外し、ハンドルを切った車を、ゆっくりと押して路肩に寄せてやる。
これなら路上駐車でレッカーされることはあっても、ぶつけられることはないだろう。
「ありがとう!本当に助かったよ。あぁ、もう時間が…お礼はこの次、ぜひ」
といって僕はそこのアパートの三階に住んでるんだ、と、軽く額に浮いた汗を拭うディーンに、少し焦りながらもこれまた感謝のオーラ目いっぱいのサムが近付く。
「礼なんていいけどさ。…急いでるのに、車がコレじゃ困るだろ?何処に行くんだ?」
そっけなくインパラの助手席を差しながら言うと、サムの顔がぱっと晴れる。
「スタンフォードの法科大学院に!今日は面接で、どうしても遅れられないんだ」
Thanx!と言いながら大きな体を縮めて、サムがインパラのナビに乗り込む。
―幾度となく乗った―運転したことだって何度もある、このクルマを、サムはさも珍しそうにしげしげと眺めた。
「すごい車だね。君の?あぁ、僕はサム・ウィンチェスター。今、スタンフォードに通ってる」
「…奇遇だな。俺もウィンチェスターだ。ディーン・ウィンチェスター。今は、…家業を、手伝ってる」
わお、本当に!?と助手席からサムがディーンの方を向く。
軽く口元で笑って、ディーンは頷き返した。
「同じ名字の人に、家族以外で初めて会ったよ!」
俺が、その家族なんだよ、と複雑な気持ちで考えながら、ディーンは明るい学園都市を飛ばし始めた。
午前中の明るいカリフォルニアの町並みには、通学する学生や通勤する会社員達が足早に多く行き交っている。
ナビをされて、指定された門の前に辿り着いてインパラを停める。
サムはディーンをじっと見て感謝を込めた声で口を開いた。
「本当にありがとう!君のおかげで、面接に十分間に合うよ」
「気にすんな。頑張ってこいよ。…俺は今日、この近くで用事があるんだ。もし良かったら帰りも乗せてってやるぜ?車の修理も仕事でやってるから、場合によっちゃ直してやれるかもしれないし」
言いながら携帯ナンバーをなぐり書きし、メモを渡しながら、思う。
―こんなの超不自然だ。しかも親切過ぎる。女の子にならともかくこんなデカい男に対して、俺はゲイか!?おかしいだろオイ!
自身の内心の叫びを聞きながら、それでもどうにかして自分を忘れたサムと渡りをつけなくては、とディーンは無理矢理ながら辻褄を合わせて伝える。
それを受け取ったサムは、きょとんとしてから少し照れたように笑った。
「…君は本当にいい人なんだね。ありがとう、ディーン」
ディーン、と呼んだその声は、聞き慣れたサムの声なのに。
えーと僕の番号は…あっ、これこれ、と小さい名刺のような紙を差し出す。
サムの番号なら、電話帳にも勿論入っているし、何かあった時の為にそらでも覚えている。
知ってる、とも言えずに、ディーンは、その紙を受け取った。
面接が終わったら電話させてもらうよ、と言って、手を振ってサムは車から降りて行った。
なのに、呼んだ名前は、今日初めて出会った、通りすがりの親切なディーンでしかなくて。
サムの兄貴で、過酷な運命を共に駆け抜けた相棒で、そして―身体を繋いで愛を紡いだ相手でもある、ディーンではなかった。
「ほんとに…忘れられちまったんだな…」
ぽつり、とディーンは呟いた。
哀しいとか、むかつくとかではなくて、なんというか――寄る辺ない身の上になった感じがした。
接岸していた岸からきつく舫いでいたロープが離れてしまった、船のように。気持ちが揺らいだ。
ぶるぶるっ、と頭を振る。
ぼんやりしている暇はない。
サムを助けてくれた、あの男が言った言葉が本当なら。
自分には―――あと、7日間しか、残されていないのだから。
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