【 雷鳴が聞こえる前に 】
【16】













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突然激しく降り出した雨の音を聞きながら、アパートの前に停めた車の中で、ぼんやりとディーンはサムのことを考えていた。

もう、時間がない。打てる手はすべて打った。だからなのか、不思議に心は静かだった。

―しょうがねえよな。やれるだけのことはやった。

最後に、キスもした。

だけどたぶん、サムはディーンの事をゲイだと思ったに違いない。オトコからいきなりキスされたなんて、気持ち悪いなどと言って、うがいをしていなければいいのだが。

―今まで、あんなに何度も俺にキスしてきたくせにな。

クスリと笑う。身体中から力が抜けていく。

目を閉じると、長い長いこれまでの旅のことが思い出された。その中でも、やはり思い出すのはサム絡みの事ばかりだった。

幼い頃から、ずっと側にいた。母がいないぶん、父が省みる余裕のない分、普通の兄弟よりも、ずいぶんと長い時間を寄り添ってふたりきりで過ごしてきた。

 

―狩りをして

一緒に飯を食って、

安いビールをかっ食らって、

軽口を叩き合って、

くだらないことでケンカして、

インパラでケツが痛くなるまでドライブして・・・

 

でも最後に――最後に、

 

もうちょっとサムと話したかったな。

最後に、もう一度、サムの、―笑顔が見たかった。

 

終わりのときが近付いている筈だというのに、顔が勝手に笑みの形を作る。

馬鹿みたいに小さい頃から、サムが大切で可愛くて、大好きだった。殴り合いの喧嘩も数え切れないほどしたけれど、それは互いに誰よりも心を許していた証しで、一晩寝て目覚めれば、また悪態をつきながらも一緒に狩りをしては旅をしてきた。―サムが、家を出て行くまでは。

自分が得られなかったものの全てを、サムには与えてやりたかった。そう思っていたのに、嫌がるサムを狩りに引き戻した。これは、俺への罰なんだろうな、とディーンは思う。

幼い自分の手では望みを叶えられない事も多かったけれど、それでもサムはいつも、ディーンが何かしてやるたびに嬉しそうに笑ってくれた。

こんなに愛せて、―束の間でも、愛を返されて、――俺は幸福だったと思える。

母が殺され、父を奪われ、それでも、どうかサムだけは。



サムだけは、どうか幸せになれるように。





もう、それだけで俺の人生は、十分だ。

気を取り直して最後のドライブにでも赴くかとアクセルを踏み込もうとする。

 

唐突に、ド―――ン…ッと腹の底まで震わせるような音が響き、驚いて走り掛けた車を止め、バックミラーに目をやって、驚愕した。

倒れている人影に気付くと、それが誰なのかは分からないまま、ディーンは恐ろしい予感を否定しながら転げるようにして車から飛び降りて駆け寄った。

最悪の予感通り、ぐったりと倒れ、雨に濡れたサムを抱き起こす。

違う、何故だ、こんな筈じゃない。サムは助かったはずなのに。助けてくれるといったのに。

「サム?サミィッ、返事をしてくれ!!!

「………ディ……、…」

ひくつく喉で、サムが、何かを言おうとしている。たらり、と耳から垂れてきたのは―サムの血だった。あの時と、同じように。

信じられないものを目にしてディーンは首を振る。心臓マッサージを、人工呼吸をしなくてはと思うのに身体ががくがくと震えてまともに動きそうもなかった。


サム、生きてくれ。


「サム、サミィ、ダメだ、お前は死んだらダメなんだ」

壊れた人形のように必死に繰り返す。

薄く目を開いて、サムは、苦しげに震える口を開いた。

「…ディ、…ン…、ゴ、メ……僕……は…」

瘧の様に震える手で、サムが何かを差し出す。

手に握りこまれていたのは――ディーンのアミュレット。

思わず目を見開く。

まさかこれに落雷が落ちたのかと思うくらいに、それは鈍い金から、薄黒く焦げたように色を変えていた。

ディーンにそれを手渡すと、安心したかのように、サムは息を吐く。痙攣のように震える指先が、ディーンに伸ばされる。掴もうとすると、手からフッと力が抜けた。

「………、ぁ…、……る、……」

そう切れ切れにいって――力が尽きたかのように。

サムは、目を閉じた。


唐突に膝の上の重みが増す。

ディーンの目から豪雨よりもしたたかに涙が流れる。

 

「サミィィィ―――――ッッ!!!

 

サムを抱き締めてディーンが絶叫した、瞬間。

小さなため息とともに、パチン、と指を鳴らす音が耳元で聞こえた。












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