【 雷鳴が聞こえる前に 】
【12】













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 服を脱いで、熱いシャワーに打たれる。飲み過ぎてだるい身体が少し生き返るような気がした。

湯煙の中、ディーンは今日の出来事を思い返していた。

夢のようだった。サムと買い物をして、食事をして、ドライブをして、同じ部屋へ戻る。今までに幾度となく繰り返してきた当たり前のような光景。もう二度とこないかもしれないと思ったそれを、最後にまたやり直す事が出来た。

 酔った自分を心配するサムを、インパラを運転するサムをただ見つめながら胸が締め付けられた。崖っぷちに立っているディーンは、どうして思い出してくれないんだ、俺はお前の兄なのにと自分を他人の目で見るサムを罵り、全てをぶちまけてしまいたい心境に駆られた。

 ボビーが言った言葉を思い出す。

―トリガーは引かれた。後はサムが思い出そうと動き出すだけなのだと。

ふやけそうになりながら、ため息をついてシャワーを止め、身体を拭く。ふとさっきバスルームから出てきた時の、サムの姿を思い出した。

 ぴったりとしたディーンのTシャツを着て、下はボクサーパンツだけでタオルを片手に出てきたサムは。服を着ている時には想像もつかないほど引き締まった逞しい身体をしていた。家を出る前から、オンナノコに声を掛ける兄を尻目に暇さえあれば勉強か、ウェイトトレーニングをしていた弟だった。世の中には予想もつかない魔物達が存在することを知っていた彼は、家を出てからも身体を鍛えることを怠らなかったのだろう。

それを見た瞬間、―酒のせいなのか、今までに感じた事のない程、猛烈にサムが欲しくなった。未だかつてサムを自分から誘ったことなど一度もないというのに。

もしサムとセックスしたなら、思い出してくれるのだろうか。バカバカしい事を真剣に考えていると、鏡の中の酒と欲情とシャワーの熱に頬を上気させた困惑気味の表情の自分と目が合った。

「クソッ…」

自分自身を殴りたくなって、鏡をガツッと叩く。

全くのストレートで、男相手など考えた事もない二年半前のサムを、どんな言葉で落としたらいいというのだ。

“実は明日死ぬ運命だから、最後に抱いてくれないか ”

これではどうだ?―無理だ!信じてもらえる筈がない。

でも、と思う。今まで打った手で何をしても思い出してもらえないのだとしたら、ダメ元で身体を張ってすべて試してみる外ないのではないだろうか。

 脳科学の権威の教授も言っていたではないか。諦めずに今までに経験のあることを繰り返す事だと。きっかけは何処に隠れているのかわからない、誰にも。

せめて自分が女だったら。脱いで身体を投げ出し、抱いてくれと迫ってもおかしくはないのに。そう考えて、いや、と思い直す。

サムがあの鋼もかくやという堅物な性格で、彼女にプロポーズをしようという前夜に、浮気をする筈がない。それが無料の据え膳であろうが、相手が例え絶世の美女であっても。年上の男相手ではどううまく誘ったってのってくる筈が無い。

一人でぐるぐる考え過ぎてまた出口をなくして落ち込み、のぼせ気味の頭で打開策も思い付かないまま、ディーンはふらりとバスルームのドアの前に立った。

 

 











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