【 雷鳴が聞こえる前に 】 【10】 |
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ Remainder
2 day ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 昨夜、サムは、誰かを抱く夢を見ていた。 毎夜夢で出会う、ずっと焦がれていたその相手に身体をゆるされ、震える指先で無我夢中で待ち望んでいた肌を辿り、くちびるを吸った。天にも昇る気持ちで、ようやく身体を繋いだ時には、もう死んでもいいとまで思った。幾度も名前を呼ぶと、相手も掠れた声でサムを呼び返してくれる。この声を聞いた事があると思った。どこで、いつかは思い出せないけれど。サミィ、と優しく呼ばれて体中に甘い痺れが走る。確かに、サムは夢の中の誰かを、心から必要としていた。 他に誰も欲しくないと思い、身体をこころを委ねられて、この世の全てを手に入れた様な気持ちだった。 あんなに乱暴に激しく、受け止めてもらえなければ生きてはいられないにくらいどうしようもない想いを抱えたまま誰かを愛した事など、現実のサム自身は今までに経験したことがなかった。 何なのだろうこの夢は。まるで夢の中でもう一つの人生を生きているようだ。目覚めると漠然とした喪失感がある。眠る度にその相手に近づき、目が覚める度にその相手を永遠に失うかのような、ただ身を切られるような辛さだけが記憶の片隅に陽炎のようにうっすらと残っていた。
一昨日の別れ際の様子から、もう来ないのではないかと思っていたが、予想外にもいつも通り、アパートを出たところにエンジンを掛けた見慣れたインパラは待っていた。 気まずく思いながらも、おはよう、と言いながら助手席に乗り込むと、眠そうなディーンからあぁ、といつも通りの応えが返ってくる。 大学でいいのか?というように視線を寄越すから頷くと、車はゆっくりと通りへ滑り出した。 いつもなら車内の会話は弾む。下らない話題でも、もう着いてしまったのかというくらい彼と話すのは楽しかった。 だが、今日は何を言っていいのか分からず、サムが言葉を選んでいると、ディーンの方が先に口を開いた。 「一昨日は…余計な事に口を挟んで、悪かった」 え、と思っていると運転しながら、ディーンはsorryと言う。慌てて、 「いや、あれは、僕の方が言い過ぎだったんだ。どうしても、父の事を言われるとむっときて…こっちこそ、君は僕の事を思って言ってくれたのに、あんな態度をとって…ごめん」 やっと素直に謝れた事にほっとしていると、苦笑する気配がして、ディーンが呟いた。 「じゃあ、これでおあいこだな。水に流そう。…で、今日は?」 ディーンのおかげでようやく元のように和やかになった車内で、これも、毎日繰り返された質問だな、と思う。今日は何時頃終わりそうか?という、彼が迎えの時間を聞く問いだった。 「今日は午前中には大学の用事は終わる予定なんだけど…その後、少し寄らなきゃいけないところがあるんだ」 何処だ?という彼は、多分サムをそこまで送ってくれようと考えているに違いない。確かに男同士でこんなにも親切なのは、血縁でもない限りありえないような気がした。 「…実は明日は彼女の誕生日なんだ。プレゼントはもう買ってあるんだけど、あとは花束を予約して、それから、ワインを買いに行かなきゃいけないんだよね」 「へえ、そりゃなかなか豪勢だな」 「ワインは彼女のお父さんへなんだけど…結構味にうるさいらしくて、ワインにするならハズさないのを選んでねって彼女にも念を押されてるんだ」 「親にもプレゼントか?彼女の誕生日なのに?」 そう突っ込まれて、少し言い辛いが口を開く。 「明日、ジェシカに…プロポーズ、しようと思ってる。指輪は、もう用意してあるんだ。だから、もしOKもらえたら、ご両親にも了解を得ないと…」 「その為の貢物ってワケだな。オーケイ、付き合うぜ。極上のワインを探しに行こう」 軽くウインクを寄越してディーンはアクセルを踏み込む。 「じゃあ大学の用が終わったらあとは買い物だな。車回すから、連絡しろよ」 Thanx、というとディーンはインパラを停める為にか正門を通り過ぎて行ってしまう。 【next】 |