【 Kiss me keep me 】














「だからさ、ディーン。
 今日はこの部屋から出ないほうがいいと思うよ」

 そう言うと、サムはランチを買いに行ってくるといって
立ち上がる。
 反論する事もできず、悪態をつく事すらむかついて
ディーンは弟を上目遣いに睨んだ。

 心なしかその背中がうきうきとしているのが
憎らしい。

「…チョコバーと、あとビールも」

 ドアが閉まる前に小さな声で言うと、
苦笑して頷く。
閉じられたドアをみやって、どさりとベッドに身を預けると、
ひり、とまたくちびるが痛んだ。



 ここのところ、めぼしい事件が見つからない。
 平和なのは結構なことだが、悪魔を追い詰めたい兄弟にとっては
その糸口が見つけられないのは腹ただしい事でもある。

 仕方なく事件を探しながら、兄弟はうだうだと
食べに出てはモーテルに帰り、また事件を探す
という日々を送っていた。

 そうなれば、バーに行きたがるディーンと、
モーテルに帰ろうというサムという
夜のお決まりのシチュエーションが定番化してくる。

 昨夜は、サムの勝ちだった。

 日が暮れ、バーに行こうというディーンに、
その前にちょっと、といってサムはモーテルの部屋で
ディーンにキスをしてきた。

 まあキスくらいならいいか、と安易にそれを許したディーンは、
まだ未来に起こる出来事を知らなかった。

 まさか、キスをされすぎてバーにいけないどころか
翌日出かけられないほどにくちびるが腫れてしまうだなんて
誰も想像しやしない。


 立ったまま覆い被さるようにディーンのくちびるを貪るサムの
勢いは、どんどん激しくなり、次第にディーンは後ろに倒れそうになる。

 おい、とかちょっと待て、とか、いったん離せ、と言いたいのに、
掴んだ胸元を叩いてもサムの勢いは止むばかりか激しくなる。

 曲がった棒のように仰け反り、顎を掴んだ硬い手にくちを大きく開かされて
サムの舌が口腔を這い回るのをただ受け入れる。

鼻で必死に呼吸をしながら、ぴったりと押し付けられたサムの下腹が
硬くなっているのを感じてディーンはぶるっと震えた。

 自分もヤる気がある時ならばジーンズの前に手を突っ込み、
慰撫してやってもいいのだが、今日はバーに行くのだと
行ってしまった手前、こうしてきたサムの思惑通り流されるのも癪に障る。

 だが、延々くちゅくちゅとくちびるを合わせているサムに付き合っていると、
次第に頭がぼんやりして霞みがかったように、
目の前の弟の事しか考えられなくなってくる。

 ディーンを抱き竦めたまま、サムは数歩足を進めて、どさりと
兄をベッドに押し倒した。

「っ、お前、ほんっとにシツコイ…っ」

はあはあとぬれたくちびるを拭いながら赤く染まった頬を顰め、
睨んで言うと、軽く眉を上げてサムは親指でディーンの唇をそっと辿る。

そのゆびを口に含んでから、
「まだ、バーに行きたい?」
と聞くから、当たり前だろ!とそっぽを向いて言うと、
そう…と考え込んだサムは徐にディーンにまた
キスをしてきた。

今度はちいさく、触れるだけから、次第に啄ばむように。
両腕で仰向けに転がったディーンの顔を挟み込むようにして、
サムは熱心にくちづけてくる。

いつもなら、もうTシャツに手を突っ込まれて肌を弄られ、
ジーンズの前くらい開けられていてもおかしくない頃だ。

「ん、ちょっと、待て、なあサム、お前どうしたんだ?」

繰り返されるキスを腕でなんとか拒み、
顔を両手ではさみこんで問うと、
「なにが?」
ときょとんとした顔で聞かれる。

さっきまで野獣の如き勢いでキスしていたくせに、
小さなきっかけでサムは、弟の顔に戻ってしまう。

それがずっとサムの成長を見つめ続けてきた
ディーンには、愛おしくてならない。

「んー、なんか、キスだけしつこくねえか」

うまく言えなくて僅かに興奮してしまった腰を
もぞ付かせながらいうと、サムは拗ねたような顔で
ぽつりと呟いた。

「…ディーンが、今夜はバーに行かないって
 言うまで、キスしようと思って」

は?と聞き返したくなるよな理由で、
この弟は兄にくちびるが痛くなるほどキスを
仕掛けてきていたらしい。

あほか。

そう思うのに、自分勝手に襲われるよりも尚
その拗ねた理由はディーンをこの場所に繋ぎとめる。

「まだ、バーに行きたい?」

聞くサムの目は、期待と不安に満ちている。
だから、ディーンは逆に何処にもいけなくなる。
サムの傍から、離れられなくなる。

そのことが、何よりも怖ろしいのだと知ってはいても。

「そうだな、今日はまだ美人としゃべってもいないし、
酒も飲み足りないしな」

 からかうように言うと、通じなかったのか、
サムは怒ったようにずいっと顔を近付ける。

「ビールならまだ冷蔵庫に入ってるし、
美人の代わりなら僕がする」

「お前が?どうやって?」

殆ど苦笑混じりに聞くと、こうやって、と言って
サムはまたディーンにゆっくりと口付けてきた。

蕩けるように優しく幾度も繰り返される薄い唇に、
交互に上下の唇を啄ばまれて吸われ、じんわりと胸の奥まで熱が届く。

その後、もうバーに行く気はなくなったからやめろ!と
ディーンみずから告げるまで。

サムのキス攻撃は続いた。

そうしてサムの思惑通りの夜を過ごして、
朝やたらヒリヒリするくちびるを鏡に映せば、
それは見事なまでにぷっくりと腫れ上がっていて、
とてもじゃないが外には出られそうもない。

もともとぽってりしているディーンのくちびるではあるが、
いくらなんでもこれは腫れすぎだろう。

すぐさま眠りこけているサムをたたき起こして怒ると、
「あぁ…ほんとだね、すごい腫れてる」
と寝癖頭のままバカみたいに納得するから
クッションをぶつけてディーンは怒った。



出かけていったサムの嬉しそうな後姿を思い出し、
むかつきは少し薄れる。

そんなにバーに行かせたくないのであれば、
そう言えばいいのに、最近のサムは
口には出さず、あの手この手でディーンが
どうにか女の子と夜を過ごさないように
画策している。

サムは気付いていない。
バーに行って楽しい?とかそんなにナンパしてどうするのさ?とか
そういう体裁をつくろった言葉ではなく。

バーには行くな、とサムが言えば。
ディーンは、サムと共に帰るのだということに。

サムよりも大切なものなどない。

そのサムに願われて、サムの願いを叶えない筈もない。

サムの傍にいることが、その笑顔を見ることこそが、
ディーンの生きる理由なのだから。

「…けどこれはやりすぎだろ」

 話す事すらままならない。
 ひりひりと皮がむけたように痛むくちびるから
細く溜息を吐きながら、ディーンは
束の間の幸福な束縛感に酔っていた。








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090620