【 I'm yours 】









 ガッ、という鈍い音と、うわッ!!という悲鳴が
聞こえたのは、どちらが先だったのか。

 移動の車に乗り込んでジェンセンが窓際に腰掛けた瞬間。
 振り返ると、ジャレッドは額を抱えてうずくまっていた。

「おいおいまたかよ…大丈夫か?」

 うぅ…という痛そうなうめきとともにのろのろと
顔を上げたジャレッドの額はぽこりと腫れて赤くなっている。

「腫れてるぞ。よっぽど強く打ったな」

 気をつけろよ、ということもできずにジェンセンは呆れる。


 一般成人男性の標準を軽々と越えるジャレッドは、
たまにドアの上部に頭を引っかけてはうずくまっている。

 しかも歩くのが早く、きょろきょろ周りを見回して
いることが多いから勢いがついていることが多い。

 注意力散漫の代償はぷっくりと腫れたたんこぶとなって
げんきいっぱいの大型犬からそれを奪った。

「いたい……」

 どうにか乗り込むと、よほど痛かったのか、ジャレッドは
シートに座らずしゃがみこんだ

 顔を上げたジャレッドの目にはうっすら涙が浮かんでいる。

 ちゃかすのもかわいそうなのでヨシヨシと頭を撫でてやる。

 クリフが心配そうな顔で振り返るのに、大丈夫だと頷くと
バンはゆっくりと発進した。

 二人(とクリフ)しかいない車内で、ジェンーと甘えてくるのを
ぽんぽんと撫でて抱き返し、
「育ちすぎたな…」とつぶやくと、抱きついたままぶるぶる首を振っている。

「僕にはこの身長が必要だったんだよ!!」

「なんだその力説」

「だって、ジェンより大きくなかったらお姫様だっこもできないし、
そもそもジェン僕のことすきになってなかったかもしれないし」

「ちょっとまてよ、誰がいつお前のその無駄にでかすぎる
身長に惚れたっていった?」

「言ってないけど、感じるんだもん」

「俺はそんなマニアな趣味じゃない」

半ば呆れて真剣に言うと、「だってジェン僕のこと大好きじゃん」

と当たり前のように偉そうに答えられ、

“身長が好きなわけじゃない”

と言いそうになって

ジェンセンは思わず言葉を飲んだ。

 バカな。それじゃ、こいつが大好きな事を肯定しているも同然だ。

 あー痛かった、と言いながらジャレッドは体勢の差で、
珍しく上目遣いに見上げてくる。

 こんな風に見上げられるのはめったにない。
椅子に座ったジャレッドの膝に乗せられている時か、
もしくは―――

 ふと思い至って赤面しそうになっていると、
気付かないのかジャレッドはつん、とジェンセンの膝をつついた。

「ね、ジェン」

「なんだよ」

「キスして?」

 ココ、と言ってジャレッドは赤く腫れたたんこぶを指している。

 ばぁか、といいかけて、珍しくなんとなく甘やかしてやりたい気分になる。
まあいいか、と一瞬クリフに視線をやると、
彼はとっさにサングラスを掛け、見えない聞こえない、という
いつものプロフェッショナルなスタンスをとってくれている。

 給料割増だな、と苦笑しながら、ジェンセンは
満面の笑みで尻尾を振って目を閉じる暴れん坊の飼い犬に、
耳元で小さく囁いてから、そっとキスを落とした。






【END】


091214