【 False dilemma 】 |
カーテンを僅かによけ、外の様子を伺う。 モーテルのパーキングには何度確認しても 見慣れたインパラが静かに停まっているだけで、 あとは何の変化もない。 目に入ったフロント棟には、古ぼけたささやかな イルミネーションがちかちかと瞬いている。 ため息とともにカーテンを閉め、苦い思いでディーンは腕時計を見た。 調査の後、薄汚れたダイナーで、 クリスマスの華やかさとは無縁の夕飯を済ませたあとサムは、 そこのドラッグストアでちょっと足りないものを買ってくると 言って出て行ってから、もう3時間が過ぎようとしている。 日付も変わろうという頃になっても、まだサムは戻らない。 だがいつものように、何かあったのかと心配することもできなかった。 弟が向かった先も、会っている相手も、そして 求めているものも分かっている。 なのにそれをどんなに忌避していても、止めることもできず、 ただどうかサムがあちらの側に連れて行かれないようにと 内心で地団太を踏みながら あがきもがくしかない自分が恐ろしく無力でただ遣る瀬無かった。 飲みに行こうが、一夜の褥を温める相手を探そうが、 決してこの鬱憤が消えることはない。 気になって先に眠ってしまうこともできず、 舌打ちをして、ディーンはバスルームへと向かった。 全てを脱ぎ棄て、熱いほどのしぶきに打たれながら、 それでもモーテルのドアの開く音を、携帯が鳴る音を、 耳を澄まして待ってしまう自分が哀しい。 無理にシャワーを全開にして、たとえサムが帰ってきたとしても 聞こえないように耳と一緒に、待ちくたびれた心も 塞いでしまいたかった。 痛みを覚えるほどの流れに打たれながら、 だが気の晴れることは決してなかった。 帰ってきたのに、地獄から戻ってこられたというのに、 なのにサムはディーンのそばにはいなかった。 四か月の不在でサムを変えた悪魔を八つ裂きに してやりたいほど憎いと思った。 「サミー……」 思わずぽつりと名を呟けば、恐ろしいほどの寂寥感に苛まれた。 自分よりもあのビッチを信頼し、ひとり置き去りにする サムを、こんなにも求めている自分が憎かった。 奈落の底に引きずり込まれるまで、信じ切ったサムはきっと気付かない。 けれど、手遅れになる前にどうにかしなければと 思うのに、どうすることもできない自分の無力さが何よりも憎かった。 サムは、しばらく前からディーンに触れなくなった。 あるとき、帰ってきたサムからふと香った残り香が、 あの悪魔のものであることに気づき、驚愕したディーンは サムを拒絶した。 気付かれたことに気づいたサムは、ディーンに触れなくなった。 去年のクリスマスは、ふたりで一緒に過ごした。 ささやかなプレゼントをおくりあい、手作りの酒を飲んで、 そして残り少ない触れ合える時間を 互いを確かめるように求めあった。 もう、二度と来ないと思っていたサムとのクリスマス。 予想外にも再びこの世界で過ごすその日を、 二人が共に生きていながら、まさか 離れて過ごすことになるとは思いもしなかった。 サミー、ともう一度呟いてしまえば、理性の手綱を 引き離すのは容易かった。 寂しさと飢えに緩く兆しかけたものに手をやる。 握りこんで、ただ吐き出すために扱く。 同じ世界にいる筈なのに、こんなにも遠い。 帰ってこられたのに、全然幸せじゃなかった。 全てから引き剥がして、サムを自分の元へ取り戻したかった。 自らの手の感触は、確かな快感であるのにそれでも 満足を得るのにはどうしても何かが足りなかった。 濡れた手に、やたらと匂いのきついボディソープを取る。 滑りを伴った後ろに、無理に2本突っ込んだ。 軋む痛みを伴いながら、久しぶりのソコは従順に自分のゆびをしゃぶる。 シャワーのフックに縋り、浅ましく躰をかがめ、揺らしながら ゆびを出し入れし、サム、サム、と無意識に呟く 自分の口を縫ってしまいたかった。 あっけなく終わりは訪れた。 手の中に吐き出してしまえば伏せた眼に映るのは、 自らの胸にかかった光るアミュレットと、 排水溝に流れて消えていく、サムへの渇望だけだった。 手荒く身体を洗い、Tシャツとボクサーパンツになって 部屋に戻る。 ぎくりとすると、ちょうど部屋のドアを開けて、サムが 帰ってきたところだった。 サムも驚いたのか体を一瞬強張らせて立ち止まる。 遅かったな、とも、何をしてたんだともきけず。 まっすぐに冷蔵庫に向かうと、ビールを取り出す。 立ち尽くして見るサムを無視して、自分のベッドに乗り、 一気に呷ると、そのまま横になった。 すれ違ったサムの躰からは、またあの残り香が香った。 【END】 091224 |