※ご注意です※
以下はjajeの妄想小説です。
意味のわからない方、興味のない方は、
ご覧にならないようにお願い申し上げます。

【 歯医者の恋人 】
6









 翌日、ようやく午前の分の予約の患者を終えて合間に昼の休憩をとる為に、ジャレッドは院長室へ戻った。

 どさりと椅子に身を預け、はぁ、と深く溜息を吐く。


 思い出すのは、昨夜のジェンセンの事ばかりだった。

 昨日、12時を超えようかと言う時間に診察を終え、ジャレッドの元気な腹の虫に大笑いしてくれたジェンセンのささやかな誘いを受けて、ふたりはクリニックから2ブロック離れたグランビルストリート角のビルの二階にあるイタリアンの店へと向かった。

 戸締りとビルから出る手続きをするのに少々の時間を要したが、ジェンセンは文句も言わず待っていてくれた。

 午前2時までやっているというその店は、平日のこんな時間だと言うのに8割方客で埋まっている。

 遅いディナータイムと、バーとしてとのふたつの用途で多くの客が集まっているようだった。

 比較的カジュアルな店内は、照明が落とされて赤いチェックのテーブルクロスがかかり、テーブルにはキャンドルが灯されているが、ムーディと言うほどもなくさっぱりとした雰囲気で、店内にはカップルだけでなく、グループや女の子同士の客の姿もあった。

 心地いい程度のBGMとざわめきに包まれていて、感じのいい店だなとジャレッドは思った。

 奥の四人席に腰を落ち着けた二人は、さっそくメニューを眺めた。
 リゾットの専門店だというその店は、リゾットの他にもパスタやピッツァを扱っているようだった。

 何故かメニューに顔をくっつけて見ている彼に、

「あの、さっき言ってたおすすめって」と聞く。

と、目をしかめてメニューを眺めていた彼は、

「ああ、これ、この“魚貝のトマトリゾット”ってやつが絶品なんだ。こっちの…“パルミジャーノチーズのリゾット”ってのもすごくうまいんだけど、とりあえず俺のオススメは魚貝だな」

と彼はくだけた口調でいった。

 確かに、チーズのもとても美味そうだ。だが、折角の彼のおすすめなのだから、とジャレッドはシーフードのリゾットを頼むことにした。

 そういうと、彼はにっこりと笑って、

「じゃあ俺がチーズの方を頼むから味見してみろよ。きっとまた来たくなるから」

と言う。その笑顔のあまりの可愛さに、ジャレッドは思わず赤面してしまい、さっきの彼のようにメニューで顔を隠した。

 ウェイターがやってきて、とりあえずシーザーズサラダと、トマト,モッツアレラチーズ,バジルのカプレーゼを二人でシェアすることにする。

 それからビールを頼もうとするジェンセンに、
「あ、ダメですよ、さっき麻酔したから、まだしばらくアルコールは」
と言って止めると、彼は世にも悔しそうな顔をした。

 ぷっと笑って、「僕も一緒に我慢しますから」ね、と言ってジャレッドは二人分のノンアルコールビールを頼む。

 ウェイターが去った後で、「…そのビール、本気でまずいんだ」
おれはいらない、というからおかしくて本気で吹き出してしまった。

「じゃあ、僕が二人分のむから、君はジュースでも頼めばいいよ」

 くっくっ、と笑ってメニューを差し出すと、仏頂面でまたメニューを顔に押し付ける様にして見ている。

 それを見て、「もしかして、目が悪いんですか?」
と聞くと、あぁ、とメニューの向こうで頷く。

「今日は車の中に眼鏡おいてきちゃって…くそ、全然みえやしない」

「じゃあ、もしかして僕の顔もおぼろげですか?」

聞くと、彼はふと顔を上げる。

「いや、前の診察の時は、コンタクト入ってたから…その時見たから、覚えてる。…名前も。パダレッキ先生、なんて、珍しい名前だよな」

 どこの名前なんだ?とじっ、と今は濃い緑かかったブラウンに見えるジェンセンの瞳に見つめられて、ジャレッドは心臓がどくんと強く拍動するのを感じた。

 祖父がポーランド人で、と言おうすると、ちょうど飲み物がやってきて、彼は少しふてくされながら、仕方なさそうにコーヒーを頼んだ。

 その横顔を見ながら、ジャレッドはどう言ったら自分の願いをかなえてもらう事ができるのだろうと必死に考えていた。  


 
 ランチを食べに行く為に立ち上がる気にもなれない。

 昨夜の、ジェンセンのビールが飲みたい、とぶつぶつ言う顔や、リゾットを美味しそうに頬張る笑顔や、眠くなってきたと言いだして目を擦る子供のような仕草がつぎつぎに思い出されて、ジャレッドは息を詰まらせた。

 “ 疲れるから、敬語はやめてくれないか ”と言う彼に、“ じゃあ、パダレッキ先生、っていうのも、やめてくれ ”と笑うと、互いにファーストネームで呼び合う事をゆるしあった。

 彼が初めてジャレッドの名を口にした時、なんとも言いようのない感情が身を包んだ。


 会計をしようとしたジャレッドに、今日は俺が遅れたんだからお詫びだと言って、彼は気付かないうちにさっさと支払いを済ませてしまっていた。
 別れ際に、もし、突然歯が痛くなったりした時の為に、といって半ば強引に携帯番号とメールアドレスを交換した。
 すると、「痛くなるのかな…」といって不安そうに眼を伏せるから、もうジャレッドは酔ってもいない筈なのに、店の前で彼を抱き締めたい心境に駆られてたまらなくなってしまった。

 こちらから、御礼のメールを送ってもいいだろうか。
 しつこいとは思われないだろうか。
 携帯を握りしめたまま、ジャレッドは額に手を当てて
自分の気持ちを持て余す。

 次の予約は、来週だなんて信じられない。
 次に会える日が心待ち過ぎてどうにかなりそうだ、とジャレッドは思った。
 








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ぶらうざもどるでおねがいしますー