※ご注意です※
以下はjajeの妄想小説です。
意味のわからない方、興味のない方は、
ご覧にならないようにお願い申し上げます。

【 歯医者の恋人 】
3






「…ッド…おい、ジャンボ!聞こえてんのか!?」

 耳元で怒鳴られた声にハッと我に返り、ジャレッドは手に持っていたボールペンを取り落とした。

 カシャンという音と共に体を起こし振りかえると、呆れたような顔で革ジャケット姿のリチャードとスーツ姿のミーシャが立っている。

 一見すると二人とも歯科医には見えない。
 リチャードはバンドマン崩れ、ミーシャはくたびれたセールスマンのように見える。

 だが、二人ともパダレッキデンタルクリニックでジャレッドの次に指名の多い、腕のいい若手の歯科医だ。
 ジャレッドがこの医院を継ぐ前から同僚としてつきあってきた気心の知れたリチャードと、得体のしれないながら何の裏も無いミーシャとは、ここのところよく三人で連れ立っては飲む間柄になっている。

「来週にずらした歓迎会の為に、飲みがてら今後の展望について語り合おうぜって言ってたのはお前じゃなかったのかよ?」

 気付けば、もう8時を過ぎ、既にスタッフもまばらな院内は片付けムードが漂っている。

「あぁ、ごめん…なんか、そんな気分じゃなくて」

 ボールペンを拾いながら、ぼんやりした頭でジャレッドはぼそぼそと答える。
 
「おいおい、しっかりしてくれよ。お前がローレン嬢に興味があるっていったから、他のヤツらが声掛けないようにがっちり根回ししといてやってるってのによ」

 お前は俺の苦労も知らないで―と、しばらく彼女の居ないジャレッドにとっとと相手を作れと散々ふだんからたきつけてくるリチャードは頭を抱えている。

 その隣でミーシャはむっつりと沈黙を守っている。
 相変わらず妙な男だ。

 治療のテクニックは他の追随を許さない程完成されているのにも関わらず、何故か彼は今までの歯科を一年ごとに辞めている。
 
 数か月前、面接の時に理由をきくと

「そこでの仕事は終わったから」

と語り、聞いてもそれ以上は何一つ応えない。ためしに雇ってみると、驚くほど腕が良く、愛想の悪さと変人じみた態度を超えて口コミで彼目当ての患者が増えたので、ジャレッドは彼をそのまま雇う事に決めた。
 結局歯科医の腕は勘と才能が多くを占める。神がかり的な治療であろうとも、患者が満足し、納得して対価を気持ち良く払ってくれればそれでいいのだ。



「――離すな」

 突然ぼそりとミーシャが口を開いた。
 ぎょっとしてリチャードとジャレッドが彼を見ると、
 まばたきもせずにジャレッドをガン見しているミーシャは、もう一度まじまじとジャレッドを見て口を開いた。

「掴んだものは、離したら二度と戻らない。決して離すな。お前は――――」
「おいっ、離すなって、お前、いちおうこのジャンボはこう見えて院長なんだぞ!?あんまり妙な口聞いてるとボーナス減らされるぞ!!」

 あわてたリチャードに口元を押さえられたミーシャはそれでもなにかいおうともがいている。

 あっけにとられたまま、明日は絶対定時で閉めろよ!と叫んだリチャードとそれに引き摺られるようにして去っていくミーシャの後姿を呆然と見送る。


 嵐の去って行ったようなきぶんで、ため息をついてふとデスクに目をやり、マウスを軽く動かすとスクリーンセーバーが消える。
 モニタには、全ての歯と、あごの骨を映したレントゲンのパノラマが表示されている。

 それは五日前の夜に来院した、ジェンセンのものだった。

 目を閉じてももう思い出せるほどにジャレッドは毎日のように空き時間が来るごとに眺めては溜息をついていた。

 あの夜、詳しい歯の履歴もわからない初診の患者のカルテを作る為にいつものように撮らせてもらった。
 だが、いままで歯科には予防と歯垢除去、またはホワイトニング以外ではかかったことがないというだけあって、彼の歯はエックス線を通して中身を透き通してすら、美しかった。

 なんとしても、あの虫歯を綺麗に治してやりたい、とジャレッドは思う。


“ お前は、見つけたんだ ”


 ミーシャの人気の秘密は、未来が視える事だと誰かが冗談交じりに言っていた。 

 だが、彼の視線は冗談を一つも含まず、恐ろしい程に真剣だった。

 気になっていた歯科助手のローレンへの興味は、あの夜の出会いに、すっかり消え失せてしまっていた。

 何を考えようとしても何も考えようとしなくても。
 気付けば恐々と診察台に上り、自分の手をぎゅっと握り締めていた彼の事が、模型のように整った歪みのない整列したエナメルの煌めきが、そして縋る様に見つめてきた潤んだヘイゼルの瞳が、脳裏にフラッシュバックしてはジャレッドを困惑させる。
 男でも、歯医者の治療が怖い者は多い。だが成人した男の怯えを、可愛いなどと思ったのは、初めての経験だった。

 次の彼の予約は、明日だ。
 最終予約の、午後7時半。
 その時間に、彼はまたここにやってくる。
 もう一度、あの素晴らしい歯並びが見られる。

 おかげで今週は、ずっと仕事がうまく手に付かず、何度も人から怪訝そうに肩を叩かれたり顔の前で手を振られたりで、ようやく自分がぼんやりしていた事に気付いたりしていた。


 僕は、見つけたのだろうか。

 ジャレッドは思い、そしてふと苦笑する。

 目の前のレントゲン写真に目を遣る。

 全ては、もう一度彼に会ってから。
それからだ、とジャレッドは思った。











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ぶらうざもどるでおねがいしますー