【 Buy me 】
















コンコン、とドアが小さくノックされる。

come in,とそちらを見ないで言う。
誰かなんて分かりきっている。
この家には俺とあいつと犬達しかいないのだから。

「今忙しい?」

ベッド代わりにしてるエアーマットの上に転がって
明日の台本をチェックしていた俺に、ドアから顔を覗かせたジャレッドは
イタズラっぽい顔で問い掛けた。

「いや、もう寝るところだ。…どうした?」
メガネを外して枕もとにおき、うつ伏せだったせいで凝ったくびすじを
ほぐしながら顔を向ける。
するとジャレッドは見下ろしている筈なのに
どこか上目遣いの表情でゆびの間からちらりと何かのカードを見せた。

「今夜はこれでどう?」

何かをたくらんでいるような顔で言うから、つい笑ってしまう。
行為を求める時、ジャレッドはこうして冗談のようにきっかけ作りに
何かを捧げるようにして持ってくることがある。

それは、チープなものだったり驚く程高価なものだったりと
バリエーションに富んでいるけれど、どれも俺を喜ばせ、
楽しませるものばかりだ。

「今度は何だ?」

「じゃーん!ソニー・ブライアンズの1,000$分の食事券だよ!」
「おぉ、すごいな…ってダラスに帰らないと食えないじゃないか!」

ソニーブライアンズはダラスで最も名の知れている
バーベキューレストランだ。美味いのだが値段もそこそこ高く、
地元のリーズナブルな店に足を運びがちで滅多には行かない。

「うん、だから今度テキサスに帰った時、一緒にいこう?」

にこにこしながらいう奴に、いつもならそこでゲームに乗って
簡単にゆるしてやるのに、
苦笑して、今日は少し意地悪をしてやりたくなる。

「…それで?今夜の俺をその1,000$分のクーポンで買うつもりか?」

安いんじゃないのか?というように上目遣いにじっと見つめてやる。
ジャレッドが、俺のその目に弱いのを承知の上で。

ふっと真顔に戻って、誤魔化すように微笑を浮かべてジャレッドは口を開く。

「何が欲しいの?」

飢えているのが分かる。ジャレッドが、俺に。
そのことに、背筋を僅かな電流が駆け上る。
こんなにも求められている今ならば、
天上に煌くあの星が欲しいと言ったなら取ってきてくれそうだと思った。

「…来いよ」

ちょいちょい、とゆびさきで差し招く。

首を傾げ、エアーマットの横に膝を付いたジャレッドの
うなじに手をかけて引き寄せる。

一瞬、触れるだけのキスを奪った。

「いいぜ」
「……え?」

呆然としているジャレッドに、どうぞというように仰向けになって笑う。

「いまの?」
「うん」
「キス?でいいの?」
「そうだ」

めをぱちぱちさせているジャレッドが可笑しい。

ほら、と手を伸ばしてやると、附に落ちないというように
笑いながらジャレッドは俺の上に覆い被さった。

お前のキスは、1,000$分の食事券なんかより
ずっとずっと価値がある。

躰中を辿るジャレッドの熱に応えながら、
それを溢れるくらい贅沢に与えられる俺は幸せだと思った。

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翌日。

「お届けものでーす」

届けられた品物は大きかった。

一人で眠るには大きすぎるサイズの
キングサイズベッド。

片付けられたエアーマットと
設置されたそれを呆然と交互に見る
ジェンセンが可愛くて、ジャレッドは腕を組んだまま苦笑する。

「な、なんで」
「うん、ジェンがさ、昨日の御食事券うけとってくれなかったから」

僕からのキスだけじゃ悪いじゃん?
だってジェン死ぬ程気持ちいいんだもん

後ろから抱きすくめて言うと、真っ赤になったジェンセンに
手の甲でぺしっと叩かれる。

いたいな、といいながら耳元にくちびるを這わせる彼は
もうそれを拒まない。

 本当は、1,000$のクーポンで、ベッドで、時計で、
ものなんかで君が買えるなんて思ってない。

 何も欲しがってくれない、ジェンセン

 囁くように愛してる、というと、躊躇いながら
応えを返してくれる。じわじわと幸福が胸を満たしていく。

 僕が持ってるもの全部を差し出して、もし君が買えるんなら。


心臓だって売り払うかもしれない。


 時に狂気を含みそうになるほどの想いを
決して悟られないように。
 腕の中のジェンセンのぬくもりを壊さないように
大切に、ジャレッドは抱き締めた。




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090420