【 囚われ人のジレンマ 】













「サム、俺だってこの目で見ていなきゃこんなこと聞かないさ。
生憎こんな老いぼれでもな、まだそんなものを見間違うほど
モウロクしていないんだ。
さあ正直に言ってくれ。

…ディーンはもう認めたぞ。

全部、俺のせいだってな」


「…違うんだ、ボビー。ディーンのせいじゃない。
僕は…いや、僕がそうしたかったんだ。

ディーンを、愛してる。…兄貴としてだけじゃない。
ボビーが見たものは、確かに僕達で間違いじゃない。
でも、咎めるのは僕だけにしてくれ、頼むよ。

たとえどんなに責められても、僕にはもう
兄貴を手放すことなんて出来やしないんだから」


**********


「ディーン。正直に言え。
お前は、いったい弟をどうしたいんだ?
俺の見たものが間違っていたならそう言ってくれ。
だが、サムはもう認めたんだ。

たとえ俺に責められても、お前さんを手放す気はないとな」

「サムが……
くそっ、なあ、ボビー。
俺たちだって何も悩まなかったわけじゃない。
ずっと一緒に暮らしてきた、あいつは何より大切な家族だ。
弟なんだ。

だけど…そういうことになっちまった。
バカな事してるって、言われなくてもわかってる。

でも…サムが必要なんだ。
ボビー、あいつがそう言うなら、俺も同じ気持ちだ。
あいつの気が、いつか変わる時まではずっとな。

気持ち悪いかもしれないけどさ、見逃してくれ。…頼む」


**********


 頼まれていた狩りに必要なまじない用の古書を届けようと、
ボビーはここ数日兄弟が根城にしているモーテルを訪ねた。

 駐車場の端に車を停め、丁度かかってきた知人のハンターからの
電話に対応していると、少し離れた部屋から見慣れた兄弟が出てきて、
部屋の前に停めてあったインパラに乗り込もうとしている。

 行き違いになると慌てて通話を終え、声をかけるために
車から降りようとしたボビーの目に映ったのは信じられない光景だった。

 いつものようにインパラの運転席と助手席にそれそれ
乗り込んだ二人の影が、何故か重なっている。

 一瞬疑問に思って動きを止めたボビーの目に。

 一度体を離したサムが、もう一度ディーンの後頭部に
手を回し。

 ゆっくりと口付けているのが見えて目を疑った。


 ―睫毛にゴミがはいったのを取っているのかも。

 ―何か秘密の暗号を耳打ちしているのかも。

 ―悪魔を追い出そうとしているのかも。

 ―狩りの途中でゲイの芝居をする必要があるのかも。


 様々な無茶な言い訳が走馬灯のように脳裏を駆け巡ったが、
どれもその理由を確かなものにはしてくれず。

 額を合わせ、鼻を擦り合わせて名残惜しそうに離れたサムの鼻先を、
ディーンがからかうように軽くゆびさきではじいているのが見える。

 それでボビーには、そのキスが互いの合意の上だと
いうことがわかった。

 伸ばされたディーンのゆびさきを掴みとって、更にサムは
手の甲にまで愛しそうにくちびるを落としている。
―どこの王子様なんだお前は。

 そんなボビーの呆然とした視線と突込みには気付く事もなく。

 サムの頭をはたいて、ディーンが自分の手を取り戻し。
ようやく通常モードに戻ったらしい二人は、
軽快なエンジン音を立てて、勢い良くモーテルを後にした。




「「後悔なんてしてない」」


 まったく同じ真剣な声の色でいった兄弟に、
ボビーは通話の切れた電話をみつめて深い溜息を吐く。

 自分の子供のような彼らの、いつか家族が増えるのを
心待ちにしていたのだが、どうやらそれは無理な夢だったようだ。

 ジョンに顔向けができんな、と思いながらも、
だが今までのどの時よりも幸せそうに見えた
兄弟の姿を思い出し。

ボビーはチン、とウィスキーのグラスを合わせて、
兄弟のこれからに幸あれと杯を上げ。
ヤケ混じりに一気に飲み干した。




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090427