Ja/Je
R-18

【 Absynthe 】
【6】









 あの夜、酔った彼の無防備な舌舐め擦りに、思わず引き寄せられるようにして口付けた。

 そのくちびるの予想よりも遥かに柔らかな感触に、止められず、我を忘れてのめり込んだ。

 ソファに押し倒して深く唇を合わせ、舌で口腔を弄っても、ジェンセンは一瞬体を強張らせただけで、抵抗らしい抵抗をしなかった。

 アルコールのせいか、互いの舌は、絡め合うと更に焼けるような熱を持つ。

 彼のくちびるは、共演した女優達が皆ため息をついた通り、正に最高の感触だった。

 見た目の美しさに比例するように、蕩けるように柔らかくて、ぷるんとした弾力がある。

 幾度も角度を変えてその感触を堪能する。

 いつまででも、ずっと口付けていたくなる。

 延々貪っていたかったけれどそうもいかず、名残惜しく離れようとすると、僅かにジェンセンが押し付けたソファから伸び上がり、チュッ…と軽く僕の唇を吸い返すような仕草を見せた。

 目を見開く。

 ジェンセンの、泣く寸前のような潤んだ瞳と視線が絡む。

 深い夜の湖のような瞳に捉えられた。

 ささやかな、彼からの意思表示が脳にようやく届く。

 そこからは、もう完全に理性は吹き飛んだ。

 破いてしまいそうな勢いで服を脱がせる。

 彼もシャツを脱ぎ捨てた僕の肌に手を伸ばして引き寄せてくれたのが嘘みたいに嬉しかった。

 伸ばされた手を掴んで握り締め、ソファに押し付ける。

 彼の肌に鼻先を埋め、知らなかった彼の匂いを嗅いで、見たことのない顔を見て、彼の味を全て知りたかった。

 全てを脱がせあらわになった彼の肌は透けるように白く、先程のキスのせいでかうっすら汗をかいていて、しっとりとした感触は今までに抱いたどんな女の子より滑らかで熱かった。

 柔らかな筋肉で引き締まったしろい躰に、夢中で唇を触れさせ辿る。
 
 彫刻のような、弾力のある胸筋を揉み、淡いピンクが綺麗な乳首にゆびを触れさせるとジェンセンはびくりと腰を逃げるように蠢かせた。

 いつも彼が脱ぐたびに気になっていた、尖りをゆびさきで弄る。
柔らかく抓んで揉むと躰が逃げるから、おしおきのように強く抓めば、可愛い声が洩れた。

 ゆびで片方を弄りながらもう片方を唇で愛してやる。

 そうしながら、膝は彼の充血した股間を押し潰すように刺激していた。

 首に回された腕の熱さに、僅かに洩れたくぐもった喘ぎに、死ぬ程興奮した。



 どうして、こんなに欲しかったものに手を伸ばさずにいられたのかわからない。

 誰よりも僕は彼に惹かれていた。

 撮影現場で見ていると、素晴らしい才能を持った俳優である彼に感嘆する。

 普段は、彼を見ると、いつもただどうしようもなく大好きだという気持ちしか頭に思い浮かばなかった。

 それをいつもBuddyという言葉で誤魔化していた。

 
 こうして彼に触れてみて初めて、どのくらい自分がジェンセンに焦がれていたのかを思い知った。

 親友なんていう言葉ではとても足りない。一度知ってしまったら、もう二度と手離すことなどできはしない。


 抱き締めて閉じ込めて、欲望でがんじがらめに縛り上げ、僕だけを見つめさせて、もう一生この腕の中から離したくないと激しく思った。



 

 
 翌朝目覚めたのは、1階の彼の部屋のベッドの上だった。



 そうだ、リビングで抱き合った後、酔いと疲れで半ば落ちてしまっているジェンセンを抱き抱えて彼の部屋に運んだのは僕だった。
 運ぶだけ運んだら自分も疲れてしまい、そのままベッドに滑り込んで一緒に眠ったのだった。

 夢なのかと思っていた。

 だが、目覚めた時も、僕は裸のジェンセンを後ろから横抱きに抱き締めて眠っていた。

 ―夢ではなかった。

 疲れているのだろう、眠っているらしいジェンセンの深い呼吸に、起こさないようにベッドを出る。

 そっと覗きこむと、長い睫は深く閉じられ、くちびるを少し開けて彼は熟睡していた。
唇は吸いすぎたせいか普段よりいろを濃くしていて、泣かせ過ぎた昨夜の名残か、僅かに目尻には涙が滲んでいる。

 彼が眠っているところは何度も見たことがあった。

 けれど、それは今までに見た中で一番綺麗な寝顔だった。
 


 こみ上げてきた感情に、それ以上見ていることが出来ず、音を立てずにドアを閉める。 


 もしあれほど疲れていなかったら

 あれほど酔っていなかったら

 僕は間違いなく彼に手を伸ばすことはしなかっただろうと思う。

 そのくらい、彼は僕にとって特別な存在だった。

 

 堰を切って溢れ出しそうな想いをどうにか宥める為に、極力いつもと同じ行動をしようとメニューをこなす。

 犬とジョギングをして、コーヒーを淹れ、ワークアウト。

 どうにか必死で自分の中で折り合いを付けた頃、ジムに改造したガレージのドアから、ジェンセンが入ってくるのが見えた。

 瞬間に、努力が霧散しそうになるのがわかって慌てた。

 とりあえずおはよう、とだけなんとか平静を装って言う。
 
 ワークアウトのせいではなく、心臓が壊れたみたいに激しく脈打っていた。

 一瞬だけ目に入った彼は、完全に昨夜の情交の跡を色濃く残した様子で戸惑った笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

 誰が見ても、激しくセックスした翌朝だと、はっきり分かるような。

 寝起きの潤んだ瞳に、涙の余韻を残した少し紅い目元。

 濃いピンクに腫れたくちびるは、蠱惑的なほどそそられる。

 身体が勝手に彼の方へと引き寄せられそうになるのを必死で堪えた。

 側にいたらもう一度押し倒してベッドに引き擦り込んでしまいそうで、彼を置いて逃げるようにバスルームへと向かった。

 シャワーを浴びながら、必死に落ち着こうと努力する。

 初めて知った自分の感情が怖かった。

 自分を壊し、彼までもを引きずり込んで激しく荒れ狂う嵐のような欲望。

 綺麗な目で見つめる彼に向かって溢れ出す、獣のようなどろりとした淫欲に支配されそうで。



 今まで、欲しいと思ったものが手に入らないことがなかった。

 頭の回転が速いほうなのは自覚していたが、あまり努力をしなくても器用で比較的何でもこなせた。

 興味を持った女の子は皆僕を好きになった。


 だけれども、彼は、彼だけは。


 そうして、欲望のままにもぎ取っていい果実とは違っていたのに。




 楽園に生っているたった一つの金の林檎。


 絶対に食べてはならないと言われていたその実を、僕は毟り。

 そして柔らかな皮に傷をつけ、その中身に口付けてしまった。

 その美しい稀有な実の香りを嗅ぎ、その味を知ってしまった。


 善悪を知る木の実を口にしたイヴのように

 知らなかった頃には二度と戻れない。








 必死に自分の中の感情を誤魔化そうとした。

 彼が好きで欲しくてたまらない獣のような欲望から目をそらした。

 『いままで通り』のポーズを続ける僕に、彼は何も言わなかった。

 少し口数が減ったのと、少し食欲が落ちた事以外は、相変わらずNGは極少で秀逸な演技に気遣いの出来る俳優、ジェンセン・アクレスとして振舞っていた。

 その隣で、彼と仲のいい同居人兼共演者のジャレッド・パダレッキとしての演技をしながら、思うことだけはどうしても止められなかった。

 彼がこちらを見ていないときには穴が開くほどその姿を見つめた。

 気まずい事なんて何も無かったように彼のトレーラーに押し掛けたり、空き時間にイタズラをけしかけたりする事も全く今までと同じ。

 だけれども、僕の彼に対する感情と、受ける彼の態度だけが違っていた。


 彼を見るたびに、どうしようもない恋情と欲望が湧いてくる。
 
 しろく滑らかな首筋を見ると、あの夜口付けた肌の舌触りを思い出した。

 初めて触れた彼の性器の熱。

 ゆびを押し入れると、驚く程狭くてキツかった狭間の蕾の感触。

 キュッと締まった臀部は滅茶苦茶に触り心地が良かった。

 彼の奥にどうにかして入りたかったけれどどうしてもそれは無理そうで

 痛いくらいに充血した濡れた性器を擦り合わせて達するときの、

 彼の頬を染め眉を顰めた汗に濡れた綺麗な顔を
 
 相当に酔っ払っていたのに、恐ろしいほど鮮明に覚えていた。



 そうだ、僕は覚えていた。

 あの夜の全てを。

 彼がイった後、酔いに潤んだ瞳で僕の肩を引き寄せた事も、

 
 そして


 僕の名前を、一度も呼ばなかったことも。







【next】