【 The day at 7:30 】 |
「ジェン、帰りはどうする?」 犬達の世話をスタッフに頼んでから戸締まりをし、 セキュリティの設定をしながらジャレッドは背中越しに問い掛ける。 まだ半ば眠りの中にいるように、ソファの背に 体を持たせ掛けるようにして沈み込み、 眠そうな顔でコーヒーを飲みながらジェンセンはそれに応えた。 「あー、九時からスティーブのライブに顔出す約束してるんだ。 あと、彼女が来てくれてるから、外で食事して、 いつものホテルまで送っていかないと」 どうせお前はおれの友達のライブなんて興味ないだろ? という顔でみるのに、ジャレッドは正直にも頷く。 「そっか、じゃあ後は家だな」 日付変わる頃かよ、と不満そうにいうのに苦笑する。 「ディナー一緒に行くか?」 レストランに予約入れてあるから、というと 今日はいい、と首を振る。 そもそも、ジャレッドはジェンセンが旧友達と やたら頻繁に連絡を取り合って仲良くし過ぎなことに、 あまりいい顔をしない。 一緒にくれば勿論場の雰囲気を壊すことなく 楽しく対応するのだが、要するにジェンセンとの時間が 減ることに拗ねているらしい。 週5日、時によっては6日、毎日共に過ごして 同じ仕事をして同じ家に帰り、時間が許せば 同じベッドで眠ってその上躰まで合わせているというのに。 それでもなお独占欲を持つジャレッドに、 疎ましいと思うどころか嬉しいと感じる自分に、 ジェンセンは苦笑する。 その表情を隠すかのようにそっと俯いた。 ジェン、と呼ばれて顔を上げる。 頤に手を掛けて顔を上げさせ、ジャレッドは おもむろに口付けてきた。 薄くて熱い、慣れ親しんだくちびるの感触に、 それでもキスをするたびに胸の奥を締め付けられるほど ときめく自分にジェンセンは戸惑いながら、愛しいそれを受け入れる。 手に持ったままのマグカップからコーヒーがこぼれる、 と思うと、いったんくちびるを離したジャレッドは マグを取り上げてテーブルに荒っぽく置いた。 ソファに深く躰を預けているジェンセンの 膝に乗り上げるようにして、もう一度口付けてきた。 小さく幾度も触れるくちびるに、たまらなくなって ジェイ、と呼ぶと唇を触れさせたまま、うん、と応える。 言葉にしない想いを正しく受け止めてもらえている。 そのことに、ひどく満たされて目の前の愛しい男を見つめる。 ジェン、と呼ばれて近付いてきたジャレッドの 熱い吐息を感じて目を閉じる。 はじめから深く交わるように合わせ、まるで こころのなかを探るように舌で口腔内を舐られて、 思わずジャレッドの腕をぎゅっとつかむと、 ジェンセンは躰を走る甘い快感にぶるりと身を震わせた。 一頻りジェンセンの熱を確かめた後、ようやく 満足したのかジャレッドはそっとくちびるを離した。 甘えるようについてきた唾液が途切れ、塗れて 淡いピンクに艶めくジェンセンのくちびるをゆびで そっと拭う。 はぁ…、と小さく息をついた彼の 潤んだ瞳と染まった目元の艶めかしさに、 たまらなくなってジャレッドはソファの背についた手で 閉じこめたジェンセンに、もういちどくちづけたくなって追い被さる。 彼に触れるだけで、欲望と愛情が 後から後から沸き上がってきて、始末に負えない。 と、またキスをしようとする気配を感じたのか、 ジャレッドを見上げたジェンセンは、ジェイ、と 押しとどめるようにジャレッドを呼んだ。 もう一回だけ、と願おうとしたジャレッドの耳に、 帰ってきたら…と囁くジェンセンの、少し鼻に掛かった甘い声が届く。 「帰ってきたら、…なに?」 キスを我慢し、額を擦り合わせるようにして ジャレッドは彼を追いつめる。 潤んだ瞳で、ほかの誰にも見せない甘えた表情で、 欲情に塗れたくちびるで、ジェンセンは告げる。 「帰ってきたら、…いっぱい、……しようぜ?…」 え、とジャレッドが動きを止めて聞き返す前に、 彼は、ファック…、と囁いた。 めちゃくちゃに酔ったとき、 あり得ないほど疲れきったとき、 そしてどうしようもなく寂しさに襲われたとき以外にはない、 彼からの直情的な誘い。 な…?と性的なものを匂わせる声で甘えるように言われて 全身の血が滾って体の中心へ向かいそうになるのをどうにか抑える。 うん、と苦しげに頷く。 柔らかく苦笑した彼に、鼻先を擦り合わせ名残惜しく ふれるだけのキスをして、ようやくジャレッドは彼を離した。 「あぁ、…こんなに毎日働いてんのに、 日曜日まで仕事だなんてマジでありえない」 絶望的に頭を抱えると、 「同感だな」 働きすぎだ俺達、と背後から冷静な同意が返る。 ようやく目が覚めてきたのか、よっと身軽にソファから立ち上がると、 コーヒーを飲み干してジェンセンはキッチンに向かう。 その整った後ろ姿をみて、ジャレッドはだが至極満足をした。 今日の彼のコーディネイトは、昨晩から考えてジャレッドが決めた。 お前何着ていくんだ?と聞くから、僕は最近気に入って履いてる 秋物のブラウンのパンツにチェックのシャツにするつもりだよ、 というと、おれはなんにしようかなあ、と悩んでいるので、 ジャレッドが選んでやったのだ。 あまり服に頓着しない彼はお前ってセンスいいよな、と 喜んで異論を挟むこともなくそれを身に着けた。 薄手のブルーグレーの細かいチェックのシャツは 袖を五分まで捲り、彼の引き締まったたくましい腕を引き立てる。 ブラックに近い濃いインディゴのジーンズは、この間 一緒に買い物に行ったときにジャレッドが見立てたもので、 ジャストサイズのそれと長いポケットのデザインが、 ジェンセンの引き締まった形良い尻と長い足にぴったりと合っている。 ベルトはこれで、靴はこれがいいと思う、と全部を選んでやると、 喜々として彼は従順にそれに従った。 彼が自ら選んだのは唯一、今日はこれにする、と言って 手に取った腕時計。 ジャレッドが彼にプレゼントした、ある意味で 婚約指輪がわりのようなそれを、ジェンセンは宝物のように大切にしていて、 ここぞという日には必ずそれを身に着けてくれている。 まるで、アミュレットのように。 ブラウンで統一したジャレッドに対し、ブラック系で統一した ジェンセンは、写真を撮るときも、ステージの上でもさぞかし栄えることだろう。 自分の造った作品に満足して腕を組み、頷いていると、 カップを片づけたジェンセンは、「何また妙な顔してるんだ?」 セクハラジャンボ、と囁くとからかうように デコピンをするべくゆびを伸ばしてくる。 その手から素早く逃げると、逆にぱちんと音をたてて 彼の肉感的な締まった尻をたたき、「ほら、遅れるなよチビアクレス」と さっさと玄関に向かう。 現場で拗ねてむっとしたときだとか、人前だというのに 彼に触りたくて仕方なくなったとき、ジャレッドは ジェンセンの尻を叩いてうさを晴らすことにしている。 人前ではもちろん、前に触ったり胸に触ったり、 抱きしめたりキスをしたりということは許されるはずもないのだが、 尻を叩くことは周囲はジョークの範囲内として 笑って受け止めてくれるため、ジャレッド的には 限界を超える前の折衷案としてそれを有効的に使っているのだが ジェンセンはバカにされたと思うのか後でいつも相当怒る。 今も、むっとくちびるをとがらせると、わずかに頬を染め 「ジェイ!お前ふざけんな、このエロガキ!」と声を荒げて追いかけてくる。 この声もなにもかも、ガレージから車を回してきて 家の前で待機している筈のクリフには聞こえてしまっているのだろう。 肩をすくめてはいはい、愛してるよハニー、とつぶやいて ぼかぼかと容赦なく殴ってくるジェンセンから逃げながら、 ジャレッドは今日のめまぐるしい一日と、それから すべてが終わった後の彼との時間を夢見て、二人の家を後にした。 END |
091014 |