JaJe AU R-18

【 Private Islands 】











  
 ドアを開けて外へ出ようとしているジェンセンの後姿に、着替えが済んだのか、出てきたらしいジャレッドの、「ジェン!?」というぎょっとした声がかかる。

 振り返らずに、ジェンセンはそのままドアを閉めた。

 すたすたとガレージの横を通り抜け、そのまま海へ向かうゲートの方へ歩いていこうとすると、慌てて追いかけて来たらしいジャレッドの足音が届く。

 また泣いてしまった醜い顔を見られたくなくて、ジェンセンが走り出そうとするよりジャレッドが追いつく方が早かった。

 肩に手を掛けられてぐいっと強く引き寄せられる。

「こんな遅くに、ひとりで何処に行くつもりだよ?!
 ここには野生動物もいるから、車以外で夜出歩くのは危険なんだよ!」

 言ったよね?と。

 全速力で走ったのか、はあはあと荒い息のまま両肩を捕まれてキツイ口調で怒られ、くちびるを噛むジェンセンは、反論する言葉を持たない。

 お前だって、さっきひとりで出ていったくせに。

 そう思うけれど、ジャレッドは車だったし、この島の事をジェンセンよりは知っている。

 顔を背けて唇を噛んで目を伏せ、何も言わないジェンセンをどう思ったのか、溜息を吐くとジャレッドは、ほら、帰ろう、と背を向ける。

 さっさと行ってしまうその背中が憎らしくて、ジェンセンは自棄になって再びジャレッドとは反対の方向へ歩き出す。

 それに気付いたジャレッドがまた追いかけてくる前に、ジェンセンは走り出した。

 コンパスの違いで、すぐさま気付いたジャレッドに、あっという間に腕を捕まれて止められる。

「離せ!」

 腕を振り払おうとすると、怒ったのかジャレッドに痛いくらいに抱き竦められ、それでも尚もがこうとすれば、

「もう、ジェンは何がしたいのさ!」

と溜息を吐かれてウエストに手を掛けられ、抵抗する間もなく頭を下にしてひょいっと肩に抱え上げられる。

 だだっ子のコドモを抱き上げるような体勢にカッとしたジェンセンが「下ろせ、馬鹿!」とバシバシ肩を叩くと、うるさいよ、と尻をバシッと強く叩かれる。

 今度暴れたら、お仕置きするよ

と、あながち冗談でもなさそうな口調で言われて、ジェンセンはその冷たい口調が怖くて暴れる事ができなくなる。

 抵抗を止めたジェンセンを軽々と運びながら、いい子、と言ってジャレッドはゆっくりとエントランスへと足を向けた。






 ヴィラに入ってすぐ、もう下ろせとジェンセンが頼んでもジャレッドは聞いてはくれず、結局リビングのソファまで運ばれ、丁寧に下ろされた。

 ようやく下ろしてもらえて、物理的な状況と精神的な怒りとに、頭に血が上って真っ赤になっていたジェンセンはほっと息を吐く。

「もうひとりで出て行ったりしない?」

 約束して、と言われて頷く。

 頭をさかさまにして荷物のように運ばれるのはこの一回だけで十分だと思った。

 目を閉じたまま、くらくらする頭をソファに深く預けて天井を向いていると、ジャレッドがキッチンから何かを持って戻ってくる気配がした。

 ポンッという何か爆ぜたような音に驚いて目を開けると、ジャレッドが深緑色の半透明のボトルからグラスに酒を注いでいるところが目に留まる。

 テーブルの上には、細くしなやかに透き通るフルートグラスがふたつ並んでいる。

 コポコポと細かな泡を立てながら均等に注ぐと、自分の分に口をつけながら飲む?と聞かれて応える前に華奢なグラスを手渡される。

 喉の渇きに誘われて口に含むと、熟した桃のような微かな甘味のあるシャンパンのようだった。

 グラスから見て多分そうだろうと思っていたけれど、デザート用なのかとても軽い飲み心地なのにスッキリと甘い。

 グラスの冷たさと弾ける炭酸がジェンセンの中に篭った熱をとってくれるようだった。

 飲み干すともう一度注いでくれる。

 自分のグラスにも注ぎ足してまた飲み干すジャレッドは、何を考えているのかジェンセンには良くわからなかった。

 でも分かりたかった。誰よりもジャレッドの事を分かっていたかった。

 満たされたグラスを持ったまま見つめていると、ジェンセンの視線に気付かないのか、ジャレッドは再び手酌で自分のグラスを満たし、ぐーっと飲み干していく。

 金色を帯びた薄いイエローに煌めくシャンパンがジャレッドに溶けていく。

 動く喉仏をぼんやりと見ていると、三杯目のシャンパンを飲み干したジャレッドと視線が絡んだ。

 口元を拭いながら「…何?」とジェンセンの視線の意味を問われる。

 その声は、冷たくも優しくもなかった。

 もしかしたら、もう俺に飽きたのかもしれない、とジェンセンは思う。

 別の―例えば女の子を連れて来たら良かったと、後悔しているのかもしれないと。

 こんなにもころころ態度が変わって、ジェンセンを翻弄するのは
そのせいなのかもしれない。

 それでも、やっぱり言おうと思った。

 言っても言わなくても終わりになるのなら、ぶつかってから終わったほうが、せめて諦めもつくだろうから。

 グラスを満たしたシャンパンを一気に飲み干してテーブルに置くと、ジェンセンは立ち上がり、座っているジャレッドに歩み寄る。

 ジャレッドが手に持っていたカラのグラスを取り上げてテーブルに避けると、怪訝そうな顔の彼の膝を跨ぎ、正面から向かい合うように足を開いて膝に乗り上げ、驚いた顔の彼の首に両手を回す。

 唐突な行動に驚いたのか、ジャレッドは目を見開いて何か言おうと口が動く。

 言われる前に、ジェンセンは、噛み締めていたくちびるを解いて勇気を出して、ずっと言いたかった言葉を言う為に口を開いた。


「お前……、お前、俺の事……バイ、だと思ってる、だろう?」


 悔しそうに酒と何かの感情に頬を染めて言うジェンセンの言葉に、ジャレッドは見開いていた目を更に丸くして、息を呑んだ。















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