JaJe AU R-18

【 Private Islands 】











  遠くから聞こえる車のエンジン音に、ジェンセンはハッと顔を上げた。

 電話を持ったまま慌ててエントランスまで行くと、そこには丁度ドアを開けて入って来ようとするジャレッドが見え、ほっと息を吐く。

 バスローブから再びジーンズにTシャツを着ているジェンセンにちらりと一瞬だけ目をやって、ジャレッドは口元だけで笑みを作る。

「あれ、まだバス使ってないの?ゴメンね、ちょっとその辺り廻って来たんだけど、ここすごい星が綺麗なんだ、ちょっと冷えるけど良かったら後でジェンも…、!」

 続きを言わせずに、ジェンセンは目を合わせずに話すジャレッドの首にしがみ付くようにして口付けた。

 他に誰も居ない場所で、唯一だったジャレッドの姿が消えて、どれだけ不安だったのかを伝えたかった。

 少し冷たいジャレッドの頬に髪に触れ、その感触に心底安堵した。

 一瞬驚いたように身を強張らせたジャレッドが、恐る恐るといったようにジェンセンの背に手を回し、すぐさまうなじに手を滑らせて激しく口付けてくる。

『ーぃ、…、ジェ…ン?』

 腰の辺りを撫でられながら舌を甘噛みされた時、聞こえた声にハッとしてジェンセンは躰を離す。

 慌ててジャレッドから離れ、抱きついたまま持っていた携帯に耳を当てて

「ご、ごめん、トム!」

と通話中だったことをスッカリ失念していた電話の向こうの相手に謝る。

 突然逃げられて呆然としているジャレッドに目で謝りながら、濡れたくちびるを手の甲でぬぐって頬を染めたまま、ジェンセンはトムと話し続ける。

「うん、帰って来た、無事だったよ……うん、OK、ありがとう…
 あぁ、伝えとく、うん、じゃあまた」

 バイ、と言って電話を切ると、ジェンセンは、ジャレッドを見上げる。

 気付けば、彼はさっきまでの優しい顔とは打って変わって冷ややかな表情をしていた。

「―トムと電話してたの?」

 トムは以前出演した作品での共演者でジェンセンの友人だった。

 撮影が終わった後も親しく付き合っていて、人間関係には比較的不精なジェンセンにしてはかなり頻繁に連絡を取り合っている。

 ジャレッドも数回会ったことがあるし、結構気が合っていそうだったのに、何故怒っているのだろうと思い、ふと電話を見た。

 ここは孤島の為、アウトドア好きなジャレッドが遠出する時にエージェントに絶対持てと厳命されているという衛星携帯しか繋がらない。

 いつでも使っていいからね、と言われて置いてあったそれを、先程のジャレッドの突然の不在に心配のあまりどうしたらいいかわからなくなったジェンセンは、トムに電話を掛けてしまっていた。

 ふたりで旅行中に、ジャレッドが何も言わずに何処かへ行ってしまったということを伝えると、トムは痴話ゲンカかと呆れつつも、とりあえずジャレッドが帰って来たら話し合えともっともな事を言われてしまった。

「あ、悪い、お前の電話借りたけど、でもすぐあっちが掛けなおしてくれたから…」

 ふうん、と言うと、ジャレッドはすたすたとリビングのほうへ行ってしまう。

 ジャレッド、と慌てて後ろから声を掛けると、冷えたからシャワー浴びてくる、と一言だけ言い放ち、バスルームへ直行して目の前でドアをバシンと閉められてしまう。


 ―怒っている。

 それは分かるけれど、一体何に怒っているというのだろう。

 衛星携帯の通話料はべらぼうに高いとは聞いているけど、使っていいと言ったのはジャレッドなのだし、勿論自分が使った分は払ってもいいのだが、多分通話料はエージェントが持っているのだと思う。

 大体家賃すら受け取ってくれないジャレッドがそんなくらいのことで怒る筈もないし、この島を数日借り切る金額に比べたら微々たるものだと思う。金の事じゃない、ということしかジェンセンにはわからない。

「なんなんだよ…」

 くちびるを噛む。

 せっかく大好きなジャレッドと貴重なオフを使って、こんな自然溢れる美しい島までふたりきりで来たと言うのに、全くうまく行かない。

 溜息をつき、ジェンセンは額を覆った。









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 いつもは鴉の行水みたいにあっという間に出てくるくせに、何をしているのか、ジャレッドはバスルームからなかなか出てこなかった。

 落ち着かず、ジェンセンはリビングルームをうろうろしたり、キッチンでとりあえずコーヒーを淹れてみたりしながらジャレッドが出てくるのを待っていた。


 ようやく出てきたと思えば、ジャレッドは上半身は裸で腰にアイボリーのバスタオルを巻き、かぶったタオルで頭をがしがしと拭いながらジェンセンが今か今かと待っていたリビングをそのまま素通りして行きそうになる。

 このヴィラは他の部屋へ行くには、建物の真ん中にあるリビングルームを通らなければいけない造りになっていて、それが幸いしたようだった。

 何度見ても慣れないその逞しい躰に内心でドキリとしながらも、ジェンセンは慌ててジャレッドに声をかける。

「ジャレッド、ちょっと、いいか」

 すると、かぶったタオルと髪の隙間からちらりと一瞬だけジェンセンの方を見ると、ジャレッドは、服着てくるから、と言ってそのまま行ってしまう。

「なあ、何怒ってるんだ?」

 慌てて後を追うと、ドアを閉められそうになって手を掛ける。
 手を挟まないように寸でのところでドアを止めてくれたのはいいけれど、ジャレッドはジェンセンの方を向いてはくれなかった。

 ジャレッド、ともう一度懇願するように言って、ドアの隙間から見える
鍛え上げた背中にそっと触れる。

 シャワーのせいでか熱い肌が脈打っているのが、触れたゆびさきにまで電流のように伝わる。ぴくりとジャレッドの肩が揺れた。

 初恋でもないのに、こんな、ほんの僅か触れただけで。電流が走るような気がするほどに、自分はジャレッドが好きなのだとジェンセンは実感する。

 肩越しに振り返ると、視線をくれないままで触れているジェンセンの手を優しく離すと、

「…髪乾かして服着たら行くから、リビングで待ってて」
と言うと、ジャレッドはそっとドアを閉めた。

 鍵が掛かっている訳ではないそのドアを、開けてまで押す事は、ジェンセンにはどうしても出来なかった。


 肩を落としてリビングに戻ろうとする間にも、またうまくいかない悔しさと悲しさで涙が滲みそうになる。

 ちょっと冷たくされたくらいでこんなにもショックを受ける自分は馬鹿だとジェンセンは自分を責めた。

 他の人間にどんなに冷たくされたって泣いたりなどしない。

 仕事ではどんなキツイシーンを何テイクだって弱音を吐かずにやれるし、監督のとんでもない要求にも自己中な共演者の横暴にだって負けやしない。

 なのに。相手がジャレッドだというだけで、こんなにも自分は弱くなる。嫌われたらと思うと、体が強張って冷たくなり、目の前が真っ暗になる。

―まるで心臓を握られているようだ。

 ジャレッドの笑顔に、視線に―怒りに。彼の感情に、思うが侭に翻弄される。

 好き過ぎて、自分の感情が制御できない。

 潤んだ目の端をごしごしと乱暴に拭くと、ジェンセンは、
エントランスのドアに手を掛けた。














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