JaJe AU R-18

【 Private Islands 】











  南国らしい食事を満喫して、食器をディッシュウオッシャーに入れたりの片付けを手伝い、ジャレッドがコーヒーを淹れてくれるというので、ジェンセンはリビングルームの広々としたソファに腰を下ろして待つことにした。

 広く天井の高い造りのヴィラは、一人きりになると驚く程静かだ。

 窓を開ければ潮騒の音が僅かに聞こえる程度で、都会に慣れたジェンセンには、これほどまでの静けさは、心地良くもありまた少し怖くもあった。


 豆から挽いているのか、微かに香ばしい香りが漂ってくる。

 待つほどもなく、ジャレッドがコーヒーカップをふたつ
手に持って現れた。

 ありがとう、と言って受け取ったそれからは、いつも飲んでいるコーヒーとはまるで違う、鼻腔に染み渡るような深い香りがしている。

 口に含んでみれば、それは今までに飲んでいたものと同じコーヒーという名前で呼ぶのが申し訳ない程に繊細で上品な味わいで、ジェンセンから思わず溜息が洩れる。

 本当にこれは美味いな、というと嬉しそうにジャレッドは口を開いた。

「これは、この島の持ち主の友人がジャマイカの方に持ってる農園で
取れたコーヒー豆から作ってるんだって」

 今度送ってくれるっていうから、そしたらジェンにも飲ませてあげるね。

 そう言われて、嬉しくて思わずにっこりと笑って楽しみにしてる、と言う。



 そうして言葉少なにコーヒーを飲んでいると、また二人の間に沈黙が流れる。

 食事の間ずっと場を取り持ってくれたせいで疲れたのか、ジャレッドは今は静かに窓の方を眺めながらコーヒーを啜っていた。

 乳白色のシンプルなコーヒーカップを手で温めるように持ちながら、話の切り口をジェンセンが選んでいると、ふとジャレッドが立ち上がった。

 びくりとして視線を上げると、ん?と笑顔を返される。

 ほっとして、あぁ今なら言えるかもしれない、とジェンセンが口を開こうとすると、

「バスの用意してくるから」

 ジェンセンはゆっくりしてて、と言って。スッとジャレッドは行ってしまった。

 

 何となく、逃げられたような気がするが―多分、それは気のせいなのだろう。

 コーヒーを飲み干すと、着いてから全く触っていない荷物の整理でもするかとジェンセンはベッドルームへと向かった。

 

 ボストンバッグから服を出して掛けていると、ノックの音がして返事をすると、ドア越しに声が掛けられる。

「バスの用意できてるけど、僕は後で使うから先にどうぞ」

と言われて、今度こそと思ってジャレッド、と声を掛ける。

 すると、返事は返らず。

 ドアを開けると、もうそこにジャレッドの姿は無かった。

 幽霊にでも声を掛けられたかのようでジェンセンはしばし呆然とする。


 もしかして―本当に、避けられているのだろうか。

 そんな馬鹿な、と思いながらも、ジェンセンは不安を隠せない。

 リビングルームとキッチンを覗いてみたら、ジャレッドの姿はなく。
 他の部屋にいるようだが、そこまで追いかけて行っていいものか躊躇われる。

 困惑した頭のまま、ジェンセンはバスルームに向かった。

 
 バスルームはチョコレートのような濃いブラウンとアイボリーで統一された落ち着いた空間で。所々に配色された深い金が、静かな高級感を醸し出している。

「バスの用意って、これのことか…」

 お湯を溜めるというだけの準備ではなくて。

 艶やかなアイボリーに光るバスタブには、ふわふわの泡がたっぷりと張られ、その上には何かの濃い紫色の花弁が散らされていて、なんとも言えず良い香りに包まれる。

 身を浸すと、バブルジェルなのか、湯自体がとろりとした感触で、
とても気持ちがいい。
 温かさに、今日これまでのいろいろな出来事で、自分の凝り固まっていた気持ちが熱に柔らかく溶かされていくようだった。

 バスルーム自体がとても広い上に、バスタブも体格の良いジェンセンでも足を伸ばしても少し広過ぎるくらいの大きさだし、シャワーブースと洗面のボウルは二つずつ用意されている。

 ホテルのスイートルームのようにハネムーナーを意識したつくりに、ジャレッドの存在を思い出して、ジェンセンは思わず顔をばしゃりと泡につける。

 普通の恋人同士のように、こんな泡風呂に二人で浸かったら、などと思うと、恥ずかしさにいてもたってもいられなくなる。




 馬鹿みたいなことを考えてのぼせそうになり、急いで泡を流して出る。

 簡単に髪を乾かして、バスローブを着込みリビングに戻ると、そこはまだしんとしていた。

 他にもいくつか部屋があるようだからと深く考えず、探さずに居たけれど、不意に妙な不安が足元から込み上げてくる。


 思いついて、足早に玄関まで急ぐ。
 気になっていたものを見つけて、やはり、と絶望する。

 着いた時に、ジャレッドが掛けた白い陶器のキーボックスに、掛かっていた筈の車のキーがなくなっている。

 ここが本当に今、ジャレッドとジェンセンの二人だけしかいない島なのだとしたら。

 それをもって出て行ったのは、ジャレッドでしか有り得なかった。














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