JaJe AU R-18

【 Private Islands 】
15











  ヴィラを後にして、島を一周する海岸線を清々しく晴れた空と海風を満喫しながらドライブする。

 このあと二人は滑走路が一つしかない小さな飛行場へ向かい、 カナダへと戻る為に一旦マイアミ空港へ向かう予定だった。

 プライベートジェットが来る時間まで、まだあと一時間以上ある。 恐らく30分前には到着するだろうが、それでも時間は余りそうだった。

 ジャレッドが島のオーナーの友人に教えてもらったという、 白く輝く砂浜と海が見渡せるすこし高台の絶景ポイントに車を停め、 二人は車を降りた。 

「すこし早く着き過ぎちゃったね」

 何か飲む?と大型のRV車の後部座席に設置されているミニクーラーからジャレッドがコーラを取り出すのを見て、じゃあ水、と言ってミネラルウォーターとの二種類のうち、スパークリングウォーターをもらう。

 日焼けをしないようにまたキャップを被り、長袖のシャツを着ていると、涼しげな白いTシャツ姿のジャレッドが羨ましくなってくる。
 次は日焼け止めを死ぬ程塗って俺も半袖になろう、とジェンセンは心の中で思った。

 煌くような日差しの中で、サングラスをかけたまま缶を呷っているジャレッドは ジェンセンの視線に気付くことなく、美味そうにそれをぐびぐびと飲み干す。
 少し日焼けした肌と、Tシャツの上からでも見て取れる、引き締まった均整のとれた躰に一瞬目を奪われ、慌てて我に返って反らす。

 この男を2日間、俺は独占していたんだな、とジェンセンは思う。

 本当に―夢のような休日だった。


「帰りたくなくなるな…」

 思わずぼそりと呟くと、くるりとジャレッドが振り向いた。
 サングラスを外し、まじまじとジェンセンを見る。

 まるで怒っているようなその真剣な目にジェンセンは何なんだ?と瞬きをして身を竦める。

「な、なんだよ?」

「ほんと?今の」

「あ、あぁ。ここはとても綺麗だし、本当にたのしかったから…」

 また来たいと思う、とジェンセンがジャレッドの真顔に竦みながら言うと、うあー――ッ!!とジャレッドは頭を抱えてしゃがみこんだ。

 突然の咆哮にジェンセンが声もなく驚いていると、ジャレッドは、

「買っとけばよかった…」

と、意味不明の呟きを吐いてジェンセンのほうを上目遣いで見た。

 その、捨てられた大型犬のような様はとても可愛いのだが、正直意味が分からない。

 問い掛ける前に、ジャレッドは口を開く。

「予約抑える前に、この島、欲しかったら今なら売ってやるって言われてたんだよね…」

 あーもう遅いかなー…とくやしそうにつぶやくジャレッドにこんどはジェンセンが吠えそうになる。


なに?

こいつはいま、なにをいった?




この島を――買うだって?


「おい、ジャレッ…」

「ていうかさ!ジェンを連れて来てから決めようと思ってたんだよ。
だって、勝手に買っちゃって、もしジェンセンがここ気に入らなかったら最悪だよね?」

「おい、人の話を聞け」

 勝手にひとりで話を進めるジャレッドに、軽く怒りモードに入ったジェンセンは冷たい水のボトルをこつんとジャレッドの頭に乗せて諌める。

「島なんか買ったって年に数回しか来られないし、勿体無いだろ。 金はもっと有効に使えよ」

 そしてふと思いついて聞いてみる。

「ところで、ここを借りるのに一体いくら掛かったんだ?」

 途端に立ち上がって、それはナイショ、と後ろを向くジャレッドの背中を水のボトルでつつく。

「…払うとか言い出さないから今後の為に教えろよ」

 次も一緒に来るんなら、金額くらい知っておきたいだろ?とすこし甘えた声でいうと、振り返ったジャレッドはうーん、怒らない?と聞きながらジェンセンの腰に腕を回す。

 暑いのに、そうされても全く不快じゃない。
 あぁ、怒らないから、と頭をジャレッドのTシャツの胸板に擦り付けるようにして鸚鵡返しに返すと、小さくジャレッドは、…5万ドル、と呟いた。


―5万ドル。

 ごまんどる。


 島をレンタルする金額にしては安いのかもしれないけれど、それは二泊三日の短い休暇を過ごす為だけにしては結構なお値段だ。

 続けてジャレッドは、あ、一泊で…、と恐々続ける


 ×2=10万ドル。


 しかもマイアミからはプライベートジェットを往復でチャーターしている。
 そこからの飛行機は、恐らくまたファーストクラスなのだろう。

 20万ドル、という、ちょっとした家が買えるような金額が、ジェンセンの脳裏を通り抜けた。

「ジェン、怒らないって言ったよね…」

 怒ってない、といって顔を上げ、ジャレッドの頬にキスをする。
 そのまましばらく抱き合って互いの熱を感じていると、ぽつりとジャレッドは呟いた。

「…ジェンセンって、何も欲しがらないよね」

 顔を上げる。ジャレッドは困ったように見つめていた。

「稼いでるとかお金に困ってないとかそういうことじゃなくってさ、
 付き合うと女の子って、いろんなものを欲しがらない?

 時間とか、お金を自分の為に遣って、自分だけを見つめて欲しいって首にかじりついてぶらさがりたがるような、そんなとこあるよね。

―でも、ジェンは何も僕に求めない。

もっと、甘えて欲しいな。僕に、頼ってよ」

 ね、というジャレッドに、苦笑してジェンセンは腕から離れる。

「そんな事言ってると、今にすごいもん強請られるかもしれないぞ?」

 城買えとか、フェラーリが欲しいだとか。

 そう全く欲しくないものを冗談混じりに上げてみる。

「僕はジェンセンが本当に欲しいものなら、なんだって買ってあげるよ?」

 と冗談でもなさそうな真顔で真摯に言われてジェンセンは言葉を失った。

 口元だけで笑みを作って、ごまかしながら、胸の中で思う。  


 ―俺が欲しいのは、お前だけだ

 きっと、モノを欲しがった彼女たちより、欲深い


 城も車も、金も名声も、なにも要らない

 この世で、どうしても欲しいのは、お前だけ―――


 顔を上げると、目が合う。

 近寄って背伸びをし、チュッと軽くくちびるをあわせる。

 暑さのせいか、コーラを飲んだばかりなのにジャレッドの唇は少し乾いていた。

 潤すように口付け、それから離れると何故かジャレッドはびっくりしたような顔をしていた。

 失礼だな、何度もキスしたじゃないか、と思いながら
「さ、そろそろいくか」
と助手席に乗り込もうとすると、ジャレッドはくちづけられた口元を抑えたままぼんやりと突っ立っている。

「やっぱ、僕この島買おうかな…」
 
「―は?」

どうしてそうなるんだ!とジェンセンは仰天する。

 助手席に乗り込みかけたジェンセンを覗き込みながら、だってさ!とジャレッドは息せき切って言う。

「ここって僕達の初めての記念の場所じゃん!?」

 言われて、ありえないセリフにゴホッッ!!とジェンセンは咽そうになる。

 ちょ、ちょっと待て…とジェンセンが苦しんでいると、

「ジェンが初めてキスしてくれたこの場所とか、ジェンが初めて僕のでイってくれたヴィラのリビングルームとか、ジェンが初めて僕の舐…」

「もういいっ!!ていうか、そんなことで島を買うなッ!!!!!!」

 ようやくしゃべれるようになって、生き生きと暴走しつづけるジャレッドを真っ赤になって必死に止める。

―いけない、このままだと、ほんとに買うぞこの男は。

 島なんか買った日にはどう考えても7ケタは下らない。
 100万200万の話ではなく、多分1000万ドル単位の値段がついているのだろう。
 ジャレッドは投資関係にも興味があるらしく、ジェンセンの知らないところでいろいろやっているらしいが、それでも、金が湯水のように有り余っているハリウッドのトップスターならいざ知らず、それはあまりにも遣いすぎだと思った。

 ジェンセンは全神経をフル回転させて阻止する術を考える。

「…この島もすごく楽しかったけど、俺は…、お前の、あのうちがいちばん好きだ」

 セイディーとハーレイと、お前がいるあの家が。

 だからそんなとんでもない無駄遣いをしないでくれ。

 俺の為に。

 必死にそう言うと、そう?じゃあ、島はまた今度にしようかな、と 苦笑して言われてホッと息をつく。

「ジェン、汗」

 慌てたせいか、頬を一筋伝う汗を肩に手を当ててぺろりと舌で掬われる。

 にっこり笑って鼻先にキスを落とされる。

 どきまぎしながら、手を引かれて助手席に乗せられる。

 運転席に周って乗り込むと、座ったジェンセンに屈みこむようにして、 もう一度ジャレッドは軽くフレンチキスを落とす。

 親愛の情を現すだけのような、セクシャルな意味を込めないキスにさえ、何度しても胸が疼くような感覚がからだを走る。


 続きは、あの家に帰ってからね。 と言われてすっかりジャレッドの感触を覚えたくちびるを人差し指でそっと抑えられる。



 ジャレッド、ジャレッド。煌く太陽みたいな、俺の―――




 何よりも大好きなジャレッドの優しい笑顔に目をやる。

 二人で見詰め合っているうちに、ジェンセンはたまらなくもう一度キスがしたくなって、でも出来ず。
 無意識に欲するように、くちびるをすこし開けた。

 それに気付いたジャレッドが、思わず吸い寄せられるようにジェンセンに近付いた時。

「あ」

 キ――ンと、耳に響く音が聞こえて、それとともにこれ以上なく晴れた青空の彼方から真っ白なジェット機がこちらへ向かってくるのが見えた。

「…行こうか」

 あんなにしたのに、まだ性懲りもなく触れ合いたがる自分達を自嘲するように、目を合わせて笑いあう。

 カナダに戻れば、またすぐにぎっちりとスケジュールを組まれた撮影がふたりを待っている。



 常夏の島での夢のような短い休暇は、終わりを告げるようだった。
 








【END】












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