JaJe AU R-18

【 Private Islands 】
14











 目の前のジャレッドの固い背中を見つめる。

 きつい言葉を吐くジャレッドが、自分が過去にした行動を責めたてる理由が、ジェンセンには少しだけわかっていた。

 ジャレッドはいま、怒っているというより―傷付いている。

 うまく誤魔化せなかった自分と、それを聞いてきたジャレッドの両方が馬鹿だったのだ。

 だが、どうしてもジャレッドに嘘は吐きたくなかった。
 ジェンセンは、彼にだけは嘘は吐けなかった。

 そしてこれ以上、ジャレッドを傷付けたくない、とジェンセンは強く思った。

「…わかった、ジャレッド、これ以上もめたくない。
もうしないから、だからゆるせよ」

 もう絶対しないから、と不器用に背中に擦寄られて懇願され、背中から腹に手を回してぎこちなく抱き付くジェンセンの手をジャレッドはギュッと握りこむ。

 怒りを殺すために深く息を吐く。

 キスなんてたいしたことじゃない。
 それはわかってる。

 でも、その大した事のないはずの過去にさえこんなに嫉妬してしまう自分が居る。

 …これで万が一浮気とかされたら、本気でジェンを監禁でもして手酷くオシオキしないと収まらないかもしれない。

 ジャレッドは初めて知った自分のあまりのココロの狭さに内心で頭を抱えたくなった。

 唐突にくるりと振り返ると、眉を顰めて困惑しているジェンセンに口付ける。

「ん、ン…ッ、ン、ゥ…ッ」

 躰を繋げている間にしかしないような、濃密な殆どセックスに近いような口付けでジェンセンを深く感じて、呼吸をする余裕さえ奪って、ようやく少し息をつける思いがした。

 唇を離すと、はあはあと息を整えるジェンセンの赤く染まった頬にそっと触れながら、ジャレッドは口を開いた。

「―わかった、忘れる」

 めちゃくちゃにくちびるを貪られて、 そう言うジャレッドに、ゆるしてくれたんだとジェンセンはほっと息を吐いた。

 だが、唇を離したジャレッドはまだ怖い顔をしたままジェンセンを見つめている。
 目を反らす事も出来ずに戸惑っていると、頬に触れていた手が離れる。


「だけど、ひとつだけ、お願いジェン。

 ―口でして?」

 昨日、僕がやってあげたみたいに

 オンナノコにしてもらったことあるよね?


 そう囁かれながら、ゆびをそっとくちびるに押し当てられてジェンセンは唐突な願いに驚く。

 確かに、された経験はある。
 けれど、以前の彼女たちにしてもらったことと、昨夜ジャレッドにされた行為とは同じことでありながらまったくの別物だった。

 女の子達はあんなふうに激しく攻めてジェンセンを喘がせたりしないし、そうしながら後ろにゆびを突っ込んでかき回したりもしない。

 射精するジェンセンを眺めて欲情することも無い。

 ジャレッドとの行為は、捕食される草食動物にでもなった気分で、でもそれが考えられない程に痺れるような快感でもあった。

 承諾の意も拒否の意も見せず、呆然と躊躇う様子をどうとったのか、 ジャレッドはジーンズの前を開けて既に僅かに反応した性器を ジェンセンの手に触れさせる。

 せめてこんな明るいテラスではなく、部屋の中で、と思ったが後頭部に手を当てて促され、ジェンセンは拒む事もできずに躊躇いながらゆっくりとその上に顔を伏せた。

 そっと舌先で触れるとぴくりと反応を返す。
 大きくてとてもじゃないが全体を含む事はできない。

 だが、昨日ジャレッドにされたことを思い出して、気持ちの良かったことを必死に辿る。
 敏感な先端に唇を触れさせてゆるゆると擦ったり含んで吸ったりすると、それがいいのか後頭部を強く押さえつけられる。
 そうしているうちに、どんどん触れているジャレッドが 固く強く脈打つのが分かって、自分にもある器官だというのに、それがやけに今のジェンセンには恐ろしかった。
 次第に、口の中に苦味が溢れる。
 それでも、顔を上げる事は出来ず必死にジェンセンはそれを続ける。

「ジェンッ、飲んで…」

 唐突に切羽詰った声で、ちょっとでいいから、お願い、と乞われ。
一瞬後に吐き出された熱いそれを決死の覚悟で少しだけ飲み下す。

 途端にゴホゴホと咽て苦しそうなジェンセンの背中をさすりながら、ジャレッドは汚れた口元と手をTシャツの裾で拭ってくれた。
 しばらくそうしてから、ぽつりと呟く。

「…もう、気が、済んだか……?」

 目の端を紅く染めたジェンセンに悲しそうに潤んだ目で見上げられ、 ウン、ごめん…と抱き締める。
 もう一度、膝の上に抱き上げると、一瞬躰を強張らせ、 それからようやく恐々と体のちからを抜いて ジャレッドに身を任せてくれる背中をゆるく抱きながら思う。


 正直、まだ嫉妬心は収まらない。

 だが、誰にもゆるした事の無かった後ろをジャレッドにゆるし、くちびるでの奉仕までもを許容してくれたジェンセンに、甘い独占欲を満たされる。 どうしても、今、彼に消えないくらい自分を染み込ませたかった。

 キスくらいでこんなに嫉妬する自分はおかしいと思う。

 同居していた男の友人に乞われてキスをしたことを明かしたジェンセンは、どうかゆるして欲しいというように上目遣いでジャレッドを見た。

 彼にしてみたら、大切な友人だとばかり思っていた人間に乞われ、キスくらいならと断れなかったのだろう。
 そうして、きっと自分が友情を感じていた相手にそれ以上を求められ、 内心では酷く傷付いたに違いない。
 彼は、今までにも仕事関係者に望まない好意を向けられ、 仕事を蹴らざるを得なかった経験があるらしいと聞いた事がある。

 そういった経験のせいなのか、彼がその綺麗過ぎる容姿を 自分ではあまり好いていない事も、寧ろ僅かにコンプレックスを抱いていることまで、側にいるジャレッドはもう気付きはじめていた。

 ―僕は、ジェンの気持ちを分かってる。
 今は僕の事しか見えていないことも、本気で強請れば、口どころではなくて、きっと困惑しながらでも、ジェンセンがジャレッドの願った事を何だってさせてくれるのだろうことも。

 分かってる。ジェンセンの一途な想いは。
分かっているのだ、―でも!

 抱き締めて抱き締められ、足を開かせて初めての場所に自分の欲望を押し込み。

 あまつさえそのくちびるを犯してさえ、まだ足りないだなんて。

 彼がこの腕の中に収まってくれている今でさえ、彼が欲しくてあたまがおかしくなりそうなほどの渇望を感じるだなんて。

 ―病気かも。


 自分の狂ったような思考に溜息をつきながら、腕の中のジェンセンをぎゅっと抱き締める。
 癒すように頬に口付けて、ジャレッドはそっと囁いた。

「僕も…ジェンのお願い、一個聞いてあげる」

 なんでもいいよ?

 なにをしてほしい?

 そう問われ、膝に乗ったままジェンセンは少し悩んでいるように見えた。

「俺は、とくに願い事なんて…」

 そういう彼の目をジャレッドはじっと見つめる。 見ていると、唐突にすうっとジェンセンの頬が赤く染まる。

 え?今のなに??

 ジャレッドが呆然としていると、顔を覆ってジェンセンは 表情を隠してしまう。
 もういい、シャワー浴びてくる、と立ち上がったジェンセンの後姿に、取り残されたジャレッドは疑問符だらけのまま首を傾げるしかなかった。


 その後、シャワーを終えたジェンセンは、ジャレッドが用意した具沢山のオープンサンドイッチを食べて機嫌を直し、コーヒーを飲んでから、ベッドで抱き合ってゆったりと昼寝を愉しんだ。


 そうして再び目覚めた頃、日が暮れかけた海岸まで車で下りると、 真白い砂浜に、オレンジと紫を溶かした柔らかい色の雲が海岸線を沿うように細く広がっているのがみえる。

 その下に、ゆっくりと太陽は沈んでいこうとしていた。

 そのまま、夕焼けが星空に変わるのをふたりはただ静かに眺めていた。

 ジェンセンが目をやると、ふっととなりのジャレッドと視線が絡む。

 深いオレンジの夕焼けに柔らかく照らされたジャレッドの頬が濃い影に半身を隠され、一枚の絵のような輪郭を象る。

 その美しい姿を無言で見つめていると、 触れていないのに、どこかが繋がっているような、 不思議な感覚に襲われる。

 何も言わずに、ジェンセンはジャレッドに近付き、目を伏せた彼の薄く熱い唇に、そっとくちびるを触れさせた。



 この島には、ダイビングもドライブも、望めば様々なアクティビティを楽しむ事が出来る準備がなされていた。

 だけれども、普段、ひたすらに時間に追われる日々を送っているふたりには、 何もしないことや、ただぼんやりと思いついたしたいことをするだけの時間が酷く貴重だった。
 
 
 シャワーを浴びた後、また下ごしらえの済んでいるものをジャレッドが温めて準備した夕食をとり、代わりにジェンセンがコーヒーを淹れる。

 昨日とはまた種類の違う、今度は更に甘いベリーのような風味を感じるシャンパンを開け、二人でキスをしながら互いから奪い合うようにして飲み干す。

 そうして、またベッドに戻って抱き合いながら、ジェンセンは “今まで生きてきた中で、今がいちばん幸せだ”、と小さく呟いた。

 ぴたりと律動を止めてびっくりしたようにまじまじとジャレッドが見つめてくる。

 それを見て、シャンパンを飲み過ぎたせいか、 思っただけのつもりだったのに口に出てしまっていた事に気付いて、ジェンセンは思わず赤面する。

 動きを止めてしまったジャレッドの様子に、 もしかして自分は他にも無意識になにかおかしなことをいったのだろうかと不安になっていると、

“じゃあ僕が、これから毎日そんな気持ちにさせてあげる”、と彼はジェンセンの大好きな仔犬のような顔で笑っていった。


 息が止まりそうになった。

 ずっとね、といたずらっぽいかおで付け加えられて、涙が出そうになる。


 それは、さっき、お願いをひとつきいてあげる、と言われた時。 ジェンセンの心にふと浮かんだ願望だった。

―ずっと、そばに居てほしい。

お前が隣でいつも笑っていてくれたら。

まるで、世界中が味方してくれるみたいに、俺は強くなれる。

何も怖くない、お前さえ居てくれたら。


 プロポーズか、と自分に突っ込みを入れ、 赤くなりながらも絶対にジャレッドには言わなかった言葉。

 抱き寄せる。頬を摺り寄せて、キスを繰り返す。 愛しくてたまらない。

 ずっと。ずっとこうしていられたら。

 ジャレッドと一緒に、ここで、このまま。

 ずっと―――





 激しい欲情が過ぎ去った後は、静かな愛しさだけが残る。

 肌を触れ合わせ、腕を絡ませたままうとうとしたり、 眠っている片割れにキスをしたりしながら、ふたりはゆっくりと 夢のような夜が過ぎていくのをただ静かに感じていた。











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