※ご注意です※ |
以下はS/Dの妄想小説です。 意味のわからない方、興味のない方は、 ご覧にならないようにお願い申し上げます。 |
【 Gambling Trick 】 |
契約の期限まで、両手のゆびで数えられるようになった頃のことだった。 昼間はあらゆる方法でリリスを探し求め、夜は地獄行きを回避する手段を模索する。 刻々と時間は迫り、じりじりと足元に火がついていく様な日々の中で、次第に俺はうまく眠れなくなっていた。 怯えながら眠れば、浅いまどろみの中で、必ず地獄の夢を見た。 ボビーの家に間借りしたソファで少し埃っぽい毛布に包まる。まだ連れて行かれていない。まだ、ここは地獄じゃない。なのに、自分が送り返した悪魔、助けられなかった被害者、その他大勢の者たちが皆俺を責め立て、罵り、そして最後にはそれぞれにナイフを突き立てられては毎夜魘されていた。 まるで地獄行きの準備運動の様な。金をもらっても御免蒙りたいような仮想体験の夢の中で、俺がかかわった者達は、命をかけて助けてきた者達は、誰ひとりとして幸福になどなっていなかった。 今まで身を削って狩りをしてきた人生を全て否定され、躰の痛みよりも心が痛くて夢の中で咽び泣いた。 起きていても気は焦り、眠っても安息は訪れない。 眠るのが怖い。夢を見たくなかった。 せめても、一瞬でもいいからこの馬鹿みたいに残酷な現実から目を逸らしていたい。なのに、バーで女と駆け引きをして引っ掛ける、精神的な余裕すらもうその時の俺にはなく。 ひたすら酒と、それからもうひとつ。 現実から逃げ出す唯一の方法は意外にも身近なところにあった。 夜が更け、ボビーが寝室に引っ込んだのを見届けると、酔う為に安いスコッチをストレートでひたすらがぶ飲みする。 俺が限界を迎えている事をわかっているのか、それとも今更肝臓の心配をしても無意味だと諦めているのか。サムはもう俺から小うるさく酒瓶を奪う事はなくなっていた。 いいだけ酔い、寝る、と回らない舌で言い放っては毛布にくるまってさっさとソファに横たわる。 サムはまだしつこく机に向かって手に入れた文献を読み漁っては調べ、がむしゃらにネットの海を泳いでいる。 こちらを見もせずにあぁおやすみ、と返す背中に安心して、そっと昼間のうちに、毛布のなかに隠していたものを取り出した。 少しくたびれたブルーのチェック。 それほど頻繁に洗濯はしていない。たぶん、2日は着っぱなしだった筈のシャツの襟元の辺りに顔を押し付ける。 天日干しにした試しなど終ぞない筈なのに、なぜだか太陽の下でそよいでいたような、暖かい匂いがする。少し残る洗剤の香りに混じって、そのシャツからは嗅ぎ慣れたサムの匂いがする。 俺はほっと息を吐いた。 悪夢塗れの夜の中、あるとき、全く夢を見ずに熟睡できた日があった。 理由を考えていくと、それが前日にサムが使った毛布とクッションを使って寝たからなのだと思い当たった。 それからは、コレ洗っとくからな、という至極真っ当な名目をつけてはサムのシャツをどうにか回収することに俺は執心した。 幸いボビーの家に世話になっている現状では、ランドリーに行く手間もなく洗濯を済ませる事ができる。 突然洗濯熱心になった俺に首を傾げはしたものの、目の前にそれ以上に重要な案件があるせいか、サムは特に突っ込んでは来ず。俺は安心してさっきまで着ていたサムのシャツを手に入れる事が出来た。 どんな匂いなのかと聞かれても、ただサムの匂いだ、としか答えられない。 だが、いい匂いかいやな臭いかと言われたら、まあどちらかといえばいい匂いなのだろうと思う。一般的にはよくわからないが、少なくとも俺にとっては。 取り立てて何か香りのするものを付けているわけではない。オードトワレなんていう洒落たものをつける趣味もつける余裕もない生活。同じ洗剤で洗い、同じ石鹸で躰を洗っているのだから、自分の匂いと何が違うのだというくらいのものかもしれない。 それでも、その匂いは確実に自分のものとは異なっていた。 自分の匂いに、これほどまでの渇望と衝動を感じるほど俺はナルシストじゃない。 日に当てて乾かしたことなど終ぞないというのに、サムが着たそのシャツは、不思議に陽の光のもとでフワフワに乾かされた、洗い立ての洗濯ものの名残みたいな、乾いた優しい匂いがした。 嗅いでいるうちにもの足りなくなって、毛布に頭ごと潜る。シャツに顔を押し付けるようにひたすら弟の体臭の残り香を求めた。 必死にすーはーとやっているうちに、身体中がサムの匂いでいっぱいになっていくような気がする。 太陽の香りに混じって、ほんの僅かオス臭い匂いを感じとり、ぞくぞくと背筋を得体のしれない疼きが駆け上がる。興奮と安堵の両方に包まれ、まるでドラッグでもやったかのような妙な多幸感に満たされた。 これでおそらく今晩も悪夢からは逃れられるだろう。 ようやく訪れ掛けた束の間の平穏なまどろみにうっとりしていると、唐突に残酷な冷気が襲った。 ハッとして見上げると、聖域のように包まっていた毛布を思い切り剥ぎ取ったのは、サムだった。 ソファに丸まり、自分が今日脱いだシャツを顔に押し当てている兄を、信じ難いという様な目で見下ろし立ち尽くしている。 アルコールに絡め取られた頭で、その時俺は怒りより羞恥より、何よりもいまこのシャツを奪われたら、という危機感でいっぱいだった。 絶対渡さねえぞ、という強い意思を込めて、ルームライトを背に、まるで王のように見下ろす弟から隠す様にシャツを握り込んでもそもそとうつ伏せになる。 すると、視界がふと暗くなり、ぎゅっと熱いものに背中を包まれた。 背後から追い被さるように抱き締めたほんもののサムの、強い匂いに包まれて、一瞬くらっとした。 「…そんなのじゃなくて、僕の匂いを嗅げばいいだろ」 なぜだか鼻声のサムにそう言われて頬を擦り寄せられ、そうか、そりゃそうだな、と今更そんな簡単な事に思い至った。 安心の匂いの元は、目の前をうろちょろしていたのだから。 平時なら、そんなことできるか!と反論できるだろうが、完全に酔っぱらっていた俺はあっさりとサムの言う通り、なにひとつ取り繕うことなく一番欲しかったものに素直に手を伸ばしていた。 抱き締める腕を押し返してもぞもぞと再び仰向けになり、ふたつボタンの開いた襟元を引っ掴んで浮き出た鎖骨のくぼみに鼻先を押し付けた。 すう、…と嗅ぐと、脱ぎ立てのシャツを嗅いだときよりずっと強く、深くサムの匂いを感じる。 腹の底がじわりと熱くなり、たまらなくてがむしゃらに顔を押し付け、何度も何度も鼻を擦りつけて夢中で嗅いだ。 自分も汗塗れだったが、サムの胸元にも次第に汗が浮いてきた。 舐めたかったが、それは我慢した。その代わりに湿った額を躊躇うことなく押し付けて、存分に匂いを嗅ぎまくった。 動物みたいに唸りながら自分の匂いを必死に求める兄を、そのときどう思っていたのか。 わからない。だが、サムは拒否することも嘲笑することもせず、ただ頭を抱き抱えるようにして俺のすることを受け止めてくれていた。 もうその頃には、「絶対に助けるから」とサムは言わなくなっていた。 言えなかったのだろう。 彼にももう分かっていたのだ。契約を回避することはできない。兄を救う事は、もう不可能なのだということが。 その代わりに、「大丈夫だ」と、そう何度も。 大丈夫だ、ディーン、大丈夫だから、と言いながら、頭のおかしくなりかけた兄を必死に宥め腕の中に抱き込んでくれた。 アルコールで飛んだ頭と、焦がれた弟の匂いと熱に包まれて、興奮は薄れ、次第にとろりとした睡魔に引き寄せられる。 密着したサムの存在に、俺のものは半勃ちしていたし、脇腹に当たるサムのものに至っては下腹に石でも挟んでいるのかと思うほど固くなっていた。 けれど俺達はその夜躰を繋ぐことはしなかった。 めちゃくちゃなセックスで恐怖を癒す時期は過ぎ、今はただ、ぴったりとサムにしがみついているだけで満たされた。 このままでいたい。 生きているサムのそばで、ただ一緒に生きていられるだけでいい、他には何もいらない。 俺はそんなに大それたことを望んだのだろうか。悪魔さえ恐れるような最果ての地に落とされ、繋がれて鞭打たれるほどのことを。 サム、サミー、怖い、地獄になんか行きたくない 俺を、助けてくれ 喉元まで出かかった本心からの言葉は、どんなに理性が吹っ飛んでいてもくちびるから零れる事はなかった。 最後の瞬間まで、俺はこいつの兄貴でありたかった。 (一部抜粋) -------------------------------- ※さみーはおにいちゃん連れて行かれてひとりぼっちになってすごく反省したのに、帰ってきたお兄ちゃんをある意味地獄での出来事より辛い目にあわせたわけなので、妄想ではちゃんと反省しておにいちゃんを大事にするサミーを書こうと思ったのに 全然無理でした(ォィ やっぱり徹頭徹尾サミーは死ぬまで弟で、おにいちゃんもわがままで自分勝手なサミーがだいすきであるというそんなお話です。ほんとか…?(・_・;) |